関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、和歌山の廃棄フルーツから障害者雇用を生み出す「無添加こどもグミぃ〜。」の開発と、耕作放棄地を生まれ変わらせた自然体験施設「くつろぎたいのも山々」を運営する株式会社やまやまの代表取締役 猪原有紀子氏にお話を伺いました。
取材・レポート:垣端 たくみ(生態会事務局)、大洞 静枝(ライター)
--------------------------------------------------------------------------------------------
代表取締役 猪原 有紀子氏 略歴:1986年大阪生まれ。同志社女子大学 学芸学部 情報メディア学科卒業後、株式会社セプテーニ入社。赤字会社の再建に従事。2018年に縁もゆかりもない和歌山県に移住。和歌山の廃棄フルーツから障害者雇用を生み出す「無添加こどもグミぃ〜。」はSNSで累計販売数5万袋突破。耕作放棄地を生まれ変わらせた自然体験施設は年間3千人以上の家族が来場。口コミ170件5つ星という脅威の満足度を誇る。経済産業省 JETRO 主催「始動」優秀賞。日本アントレプレナー大賞ソーシャルビジネス部門W受賞。
---------------------------------------------------------------------------------------------
グミ開発のきっかけは、子どものおやつストレス
生態会事務局 垣端 たくみ(以下、垣端):本日はどうぞよろしくお願いいたします。早速ですが、「無添加こどもグミぃ〜。」を開発することになったきっかけについて教えていただけますか?
代表取締役 猪原 有紀子氏(以下、猪原氏):現在、小学校 3 年生の長男がイヤイヤ期の時に、カラフルなグミが大好きな時期がありました。その頃は、大阪で2歳と1歳の年子育児中で、毎日、すごく疲れていました。ですので、夕飯の用意をしているときに、「グミ、グミ」と言われると、不用意に子どもを怒ってしまいました。どうしてあのような暴言を...とその度に後悔をしました。なぜ、カラフルで甘くて、砂糖やゼラチンが入っていないグミのようなおやつがないのだろうと思ったのが、「無添加こどもグミぃ〜。」を作りを始めたきっかけです。
ちょうどその頃、和歌山県のかつらぎ町というフルーツ王国と呼ばれる町を訪れました。大量に畑に捨てられている鮮やかなオレンジ色の柿を見た時に、これを使ってグミを作ろうと思いつきました。最初は企画書を作って、いろいろな人にプレゼンをしました。その中の一つが、かつらぎ町の起業補助金制度でした。当時はまだ大阪に住んでいましたが、移住の意思があれば、受けることができたのです。
実は、3 回チャレンジした結果、 3 回とも落ちてしまいました。しかし、審査員の方から、『和歌山県の補助金を受けてみては?』と提案されました。その方がいろいろな人を紹介してくれたことで、大阪公立大学(旧、大阪市立大学)大学院工学研究科の教授である伊與田浩志氏との出会うことができました。伊與田氏は乾燥工学の権威です。3人のお子さんがいるということもあり、『フルーツを乾燥させるだけで、グミのような柔らかい食感にするというのは研究対象になるかもしれない』と言ってくださり、共同開発をすることになりました。個人と契約をして共同開発をするのは、大学が始まって以来だったようです。
子どもが一瞬でパクパクっと食べるグミに
ライター大洞 (以下、大洞):グミを開発するのにどれくらいかかりましたか?
猪原氏:グミを作りたいと思ったのが2016 年で、大阪公立大学と奈良の畿央大学と共同開発を始めたのが2018 年です。同じタイミングでかつらぎ町に移住しました。そこから開発に 2 年かかっているので、2020年に販売を開始するまで合計 4 年かかっています。
垣端:一般的なドライフルーツよりも美味しくなる秘訣はあるのでしょうか?
猪原氏:湿度をコントロールしながら、じっくりじっくり乾燥させるというのがポイントです。
垣端:実際にどのように開発を進められたのでしょうか?
猪原氏:まず、子どもがパクパクっと一瞬で食べるということをゴールにしました。
子どもは、甘くて食感が良くても、色がくすんでいたら食べません。色がカラフルで、甘くて、食感も良くて、なおかつ形も良いものを目指しました。
和歌山で採れるフルーツを全部輪切りにして、乾燥台に並べて、とにかく試作をしました。温度や湿度が少し違っただけで、味は変わるので、2万通りぐらい試しています。 共同開発には、乾燥機メーカーにも参加いただきました。乾燥機は、例えば、「りんご」というボタンを押すと、「りんご」の パラメーターで回るようにプログラミングしています。障がい者福祉施設で製造しています。
ただのグミではない!お母さんたちの育児を助けるツール
大洞:事業化までの猪原さんの努力も相当なものだと思いますが、ニーズがあるから絶対に作るんだという強い気持ちが周りの人を動かしているのですね。
猪原氏:そうですね。大阪にいる時は、マンションで子育てをしていて、夫は仕事なので、いつも子どもたちと私だけでした。子どもが寝静まった後に、今日も怒り過ぎてごめんねって謝ってよく泣いていました。児童虐待のニュースも、人ごとに思えませんでした。その時、私と同じように悩んでいるお母さんが、全国にたくさんいるのだろうなと感じました。
育児ストレスは、ありとあらゆるものがあります。服を着てくれない、離乳食を食べてくれない、歯磨きをさせてくれない。その一つ一つは、一見、小さな育児ストレスですが、24時間365日、年中無休でやってくると、世の中のお母さんたちは想像を絶するストレスに苛まれます。小さな育児ストレスが、産後うつや児童虐待という大きな社会問題を引き起こします。当事者として、何かできることがないかと思ったときに、まずは、おやつストレスを解決したいと思いました。製造経験はありませんでしたが、他の会社が作らないなら、私が作ればいいと思いました。
お母さんたちには、いつも笑顔でいて欲しい
大洞:確かに、おやつストレスは、積み重なるとイライラのもとになりますね。私も大人しくして欲しい時はついついお菓子をあげてしまいますが、やはり添加物が入っているものは、罪悪感があります。
猪原氏:みんな、同じことを思いますよね。「無添加こどもグミぃ〜。」は、ただのおやつではなく、お守りみたいに側に置いておいて欲しいのです。イライラが抑えられない、本当にどうしようもない時や、静かにしないといけない交通機関にお子さんと乗る時など、大変なシーンにぴったりなおやつです。例えば、夕ごはんを一生懸命作っているのに、『お菓子!お菓子!』と言われるとイライラしますよね?でも、「無添加こどもグミぃ〜。」なら果物だし、腸内細菌のエサとなる食物繊維のカタマリなので、腸活にもなります。『ちょっとこれ食べといてね』と渡すと、子どもはパクパク食べてくれて、その間にお母さんは冷静になることができるのです。これで 、子どもを不用意に怒らなくて済みます!
大洞:育児がつらいときは、ここに電話してくださいとか、ここにアクセスしてくださいという案内がありますが、それよりも、このグミがあった方がいいのかもしれないって思いました。
猪原氏:事件は現場で起きているので!!お母さんたちは、今、この瞬間をどうにかして欲しいと思っています。宇宙一、大切な子どもに、絶対に言いたくない言葉をイライラに任せて言ってしまいそうになる。これを阻止するプロダクトがグミなんです!
大洞:これは、子育て中のお母さんはみんな共感するアイテムだと思います!
猪原氏:フードロスの観点や、障がい者雇用を生み出しているという角度から取材を受けることが多いです。もちろんそういうピースもあるのですが、私はとにかく、お母さんと子どもにニコニコしていて欲しい。農家さんや障がい者福祉施設の皆さんからの『ありがとう』は、この目標を達成する過程での大きな副産物だと思っています。
子連れでお出かけしても、くつろいで欲しい
垣端:日本一お子様連れを歓迎する観光農園とキャンプ場も経営されていると聞きました。詳細をお聞かせいただけますか?
猪原氏:「くつろぎたいのは山々」という施設です。子連れのお出かけは、到着した時点で親は疲弊しています。都会に住んでいた時、週末はイチゴ狩りや、しいたけ狩りに片道 2 時間ぐらいかけて連れて行っていましたが、修行のようでした。母乳をあげる場所がないから、授乳の度に駐車場まで戻る必要があるし、おむつ替えをする場所も不衛生で、結局また駐車場に戻らないといけない。親は疲れている一方で、子どもたちは楽しくて騒ぎますよね。『思いっきり楽しんでくれ〜』と、思っているのですが、どうしても周りの目が気になります。野外といえど、店員さんや他のお客さんに気疲れして『すいません、すいません』と謝ってばかり。本当にストレスでした。
野外バーベキューにでも行こうものなら、肉を焼いていようが、コーヒーを飲んでいようが、子どもからは、「ママ、おしっこ」とか「パパ、鬼ごっこしよ」という要望が飛んできます。一人で行けるような安全で綺麗なトイレがあって、お兄さんやお姉さんたちがどこかから湧き出てきて、私の目が届く範囲で鬼ごっこをして遊んでくれないかな?と、ずっと思っていました(笑)
『子どもが大騒ぎ、大暴れ大歓迎!』『お母さん偉いね!こんなに元気な子、最高だね!』と褒められて、店員さんが子どもと遊んでくれて、一切気疲れしない場所を探してみましたが、日本には、そのような場所はありませんでした。でも、私だったら作ることができるなと思ったのです。
これを全て実現した施設が「くつろぎたいのも山々」です。一つだけルールがあって、『今日は子どもに怒ったり、注意したりしないでください』とお願いしています。ソファーの上に靴で上がっても大丈夫だし、大きな声を出しても暴れ回っても何をしてもOK。子どもは、お姉さんやお兄さんが一緒に遊んでくれるので、バーベキュー中も、親はゆっくりお酒を飲んで、くつろぐことができます。だから、1 日 5 組限定です。農園も併設されているので、ブルーベリー狩りやしいたけ狩りも楽しめます。
利用者からは、「初めて子連れでお出かけをして、ゆっくりバーベキューを食べることができた」や、「今日は静かにしなさいって 1 回も言わなかった」といった感想をいただいています。発達障がいや不登校のお子さんファミリーもいらっしゃいます。「ここに来たら、息子が久しぶりに笑顔になった」と言って、泣いて帰られる方もいました。Google の口コミは、 なんと、170 件(2023年11月時点)の全てで、星5つの評価をいただいています!
もう一つ、自分が欲しいサービスを組み込んでいます。お母さんが子どもにご飯を食べさせているような、子育て中の自然な写真を撮って、データを無料で提供しています。子どもとパパのいい感じの写真は、お母さんが撮ることが多いのですが、お母さん自身の写真はあまりないという方が多いですよね?
大洞:確かに、我が家も私が写ることは少ないです。お母さん目線だからこそ、お母さんが本当に欲しいサービスを提供することができるのですね。
猪原氏:「くつろぎたいのも山々」の 800 坪の土地は、約60 年の間、耕作放棄地として持て余されていた土地でした。開拓には2 年半かかっています。耕作放棄地も、「無添加こどもグミぃ〜。」で使用している廃棄フルーツも、地元の人からすれば当たり前にあるものですが、私には宝の山に見えました。地域課題を解決して、なおかつ、ママたちを笑顔にできているのは、嬉しいです。
永続的に誰かの笑顔を作っていく事業に
垣端:今後の展望をお聞かせください。
猪原氏:今年の書き初めで、『世界展開』と書きました。アフリカのタンザニアでマンゴーが大量に廃棄されて、社会問題になっていたので、現地で「無添加こどもグミぃ〜。」を作って雇用を生み出していきたいということを、いろいろな人に言っていました。そうしたら、2月に経済産業省の「始動 Next Innovator 2022」選抜メンバーとなり、シリコンバレーに派遣されて、投資家や起業家の前でピッチをすることになりました。みなさんグミを食べてくれて、現地の方から『アメリカでやって欲しい 』と言われました。涙が出るくらい嬉しくて、自信がつきました。
世界に通用するのか、プロダクトとして強みがあるのかと、半信半疑でやってきましたが、アメリカでの反応を見て、これからも突き進んでいく決意ができました。そして、行動をすることで、全世界に応援者が生まれるということがわかりました。現在、アフリカのタンザニアとインドと、アメリカのカリフォルニアでマーケット調査をしています。世界展開を目指していきたいと思っています。
「無添加こどもグミぃ〜。」は、廃棄フルーツを利用して障がい者雇用を産み出し、全国のママと子どもを笑顔にするというゴールデントライアングルでできています。3 人の子育てをしていて、毎日、本当に忙しい中で事業をしているのは、そこに価値と意義を感じているからです。自分が死んだ後も、この事業が誰かを助けて、誰かの笑顔を作って欲しいと願っています。
垣端:私は、結婚したばかりなのですが、すごくリアルなお話を聞かせていただいて、人間として勉強になりました。本日は、本当にありがとうございました!
取材を終えて:猪原さんの事業は全て、母親という立場で経験した負のできごとがきっかけになっています。辛いことを経験した際に、悲しんだりあきらめたりするのではなく、自らの手で変えてしまおうという強い気持ちと行動力には、世界にも手が届くような圧倒的なパワーが宿るのだと感じました。取材中も終始、ユーモアを交えながらお話いただいて、本当に、周りを幸せにする方なのだと思いました。「お母さんたちを笑顔にしたい」という猪原さんの信念は、これからも多くの母親のもとに届いていくはずです。(ライター大洞)
Comments