関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、EVバッテリーリユース技術を活用し、日本のエネルギー問題の解決に取り組む株式会社アプデエナジー代表取締役社長 王本 智久氏にお話を伺いました。
取材・レポート:垣端たくみ(生態会事務局)
森令子(ライター)
王本 智久(おうもと ともひさ)氏 略歴
1980年生まれ、滋賀県出身。立命館大学大学院 情報工学修士。在学中に大学発ベンチャーとしてIT企業 株式会社金の鍵を創業、現代表。ITビジネス、コンサルタント、番組プロデュースなどの経歴を積み、2022年にはIoT企業 株式会社スマートガジェットを創業、現代表。園田敏明氏(アプデエナジー取締役会長)が2015年に設立した一般社団法人「エネルギーと環境を考える会」のチャーターメンバー(創立会員)でもあり、「エネルギーと環境を考える会」の開発技術を普及するため、スピンオフベンチャーとして、園田氏とともに2022年にアプデエナジーを創業。
■廃車EVのバッテリーを再利用し、再生可能エネルギーで充電。エネルギー構造改革を自分たちから始めたい
生態会 垣端(以下 垣端):本日はよろしくお願いします。まずは、事業内容を教えてください。
アプデエナジー 王本氏(以下 王本):日本のエネルギー構造は、9割もの資源を輸入に頼っており、大変脆弱です。この危機的な状況を、崇高な言葉を語るだけ、国に任せるだけではなく、自分達で変えていくべきという思いをもった先輩や仲間達と創業しました。今すぐできる選択肢として、EV用リチウムイオンバッテリーのカスケードリユース技術を中核に、コンバートEV製造販売、オフグリッドシステム・蓄電システム製造販売と、大きく分けて2つの事業を進めています。社名にも「日本のエネルギー社会をアップデートする!」という思いを込めており、日本のエネルギー構造を改革したいと事業に取り組んでいます。
核となるバッテリーのカスケードリユース技術は、前身の「エネルギーと環境を考える会」で研究開発してきたもので、廃車EVから取り出したバッテリーを診断する技術、バッテリーの品質低下レベルや特性に応じて適切な用途でリユース(再利用)する技術などです。例えば、日産リーフには1台48枚のリチウムイオンバッテリーが搭載され、劣化度合いはそれぞれ異なります。同じ廃車から出たバッテリーでも、もう一度EVで利用できるものもあれば、EVでは使えないものがあります。劣化が進んでいても、家庭用や自動販売機電源など用途を変えれば、まだまだ利用できるものもあるのです。そうやって、バッテリーを反復利用することで、資源の利用効率を向上しています。
コンバートEV事業では、ガソリン車のエンジンをモーターに換装、リユースバッテリーを搭載して販売しています。もちろん、車検取得も可能です。EV化して車検取得まで可能な事業者は、国内では当社を含めて数社しかなく、非常に難易度が高いのです。お客様の愛車や、中古車など既存の車体をEV化、どんな車種でも対応できます。昨年、採択された「滋賀県近未来技術等社会実装推進事業補助金」により、25年前のロールスロイスをEV化するプロジェクトも進行中です。
新品バッテリーと高性能モーターを搭載する新車EVの方が走行性能は優れていますが、コンバートEVの特徴は、環境性能が非常に優れていることです。EV車は環境に良いイメージですが、実は、製造時まで含めるとガソリン車よりCO2排出量が多くなると言われています。特に、バッテリー製造時のCO2排出が多いのです。私たちは、車体もバッテリーもリユースしており、再生可能エネルギーで充電するオフグリッド電力(電力の自給自足)が実現できれば、ほぼCO2排出量ゼロの乗り物が実現します。
乗用車だけでなく、例えばキッチンカーなどもコンバートEV化の需要はあります。車だけでなく、船でも重機でもコンバートEV化は可能です。当社バッテリー・ラボがある立命館大学びわこ・くさつキャンパスでも、学生インターンが、太陽光で充電したリユースバッテリーで稼働するEVキッチンカーを試験的に営業することがあり、学生向けにカレーやパスタ、スープ、コーヒーなどを販売しているんですよ。
もう一つの事業分野である、オフグリッドシステム・蓄電システム(送電線から切り離された状態で電力を自給自足するシステム)は、現在、試験段階です。太陽光など再生可能エネルギーで発電し、リユースバッテリーに蓄電することで、環境に負荷をかけないシステムが従来よりずっと安価にできるのです。これで、建物や設備、自動販売機などを独立電源化するシステムを普及したいと考えています。災害停電時のリスクを大幅に軽減することができますし、太陽光パネルを設置済みの家庭やオフィスのオフグリッド化、電源確保が難しい山奥や孤島、仮設電源が必要なイベント・工事現場など、様々な可能性があります。現在、災害対応型独立電源自販機「アプデベンダー」のプロトタイプが稼働中です。
垣端:非常に広範囲に活用できる技術なんですね!現在、日本のEVバッテリーのリユース状況はどうなっているのですか?
王本: リチウムイオンバッテリーの使用後は、リユース(取り出して使う)かリサイクル(燃やして溶かして砕く)です。日本は対応が遅れていて、輸入してまで確保したリチウムイオンバッテリーを、使用後は上手く活かせず、中国やモンゴルなど国外に中古バッテリーがどんどん流れてしまっています。リチウムイオンバッテリーは商品化からまだ30年ほど、日産リーフの発売が12年前で、EV車の廃バッテリーが出回り始めて数年経った程度ですので、バッテリーリユースは注目の研究テーマです。当社の技術顧問である立命館大学の福井正博教授も素晴らしい研究をされています。
■“手間暇かかって面倒!”なバッテリーリユース技術。多岐に渡る専門家集団が協力し事業化
森:創業のきっかけとなった「エネルギーと環境を考える会」についても教えてください。
王本:当社は、「エネルギーと環境を考える会」で園田会長が中心となって作り上げてきた技術を、みんなでビジネスとして育てていくことを創業の目的としています。園田会長は、FA機器などを製造するダイワエレクス株式会社の創業者で、同社代表を退いたあと、環境に配慮した次世代エネルギーシステム研究開発で社会に貢献したいと、2015年に「エネルギーと環境を考える会」を設立しました。会の理念に共感し、様々な専門分野の技術者や研究者、経営者が集まり、自由研究のように開発をしてきました。2022年初めに、研究テーマの一つだったEVに大きなニーズがあることが見えてきて、IPO目指して会社を立ち上げようと、2022年6月に創業しました。
取締役CTOの片山も「エネルギーと環境を考える会」のメンバーです。私も片山も、本業の経営をやりつつ、自社の社員も巻き込んでアプデエナジーに関わっています。その他にも、「エネルギーと環境を考える会」参画企業の多くが協力して、当社を運営しています。
EVバッテリーのリユースには非常に多岐に渡る分野の技術が必要で、“手間暇かかって面倒!”な取り組みです。「エネルギーと環境を考える会」が、自動車、電気、IoT、金属加工、IT、機械など関連分野のプロが揃う稀有な集団であるからこそ、事業化に成功できたと思っています。
森:会長、社長、CTOと、取締役全員が創業経験ありとは、すごいチームですね!王本さんご自身は学生起業家として創業した会社をはじめ、何社も創業されていますね。
王本:大学院に在籍しながら1社目の株式会社金の鍵を起業しました。”ビジネスプランコンテスト賞金荒らし”というあだ名があったほど(笑)、様々なビジネスコンテストで受賞していて、その賞金をもとに創業した会社です。ITコンサルティングやWEB制作、DXまで時代に応じて長くやっていますが、ITはトレンドが次々変わり非常に目まぐるしい業界です。アプデエナジーでは、30年、40年と同じテーマでやれることも私にとって魅力的です。創業者の責任として、腰を据えて挑戦していきたいと思っています。
垣端:その頃から、本社はずっと滋賀県なんですね。
王本:そうです。生まれ育った場所なので、“ウマが合う”という感じですね。”夢求めて東京へ”という道もありですが、滋賀で出来ることもたくさんあると思っています。なにより、東京は住みにくい(笑)!ただし、情報、人、資金などは滋賀では出会いにくいので、現在入居している「立命館大学BKCインキュベータ」(中小機構が運営)をはじめ、支援機関や行政の皆さんには、いつも助けていただいています。
アプデエナジー取締役CTO 片山氏:私は、基板など電機・電子機器の開発・設計・製造を行うソシアテック株式会社を経営しています。本社は滋賀県高島市です。滋賀は、地価も含めた固定費が安く、交通の便が非常によい。1時間もあれば、関西の様々なエリアに納品できる、製造業をやるにはとても便利な土地柄です。大企業の工場も多く、顧客との距離も近いです。人材募集では苦労もありますが、メリットは大きいですね。
垣端:IPOを目指すというお話しもありました。今後の展開はどのように考えていますか?
王本:まずは、2023年中に、コンバートEV販売のFC加盟店を運用開始予定です。すでに自動車整備工場や、大手自動車メーカー関連会社などから問い合わせがきています。EV車の普及で大きな影響を受ける業界の企業だけでなく、理念に共感してくれる会社があれば、ぜひ、一緒にやっていきたいです。加盟店の保有技術によって、電源ユニット提供のみか、モーター組み付けも手伝うのかなど、FCランクを分けるなども考えています。加盟店の皆さんとともにコンバートEV普及を推進していきたいですね。
将来的には、日本のエネルギー構造改革について、今の事業に限らずもっと大きく考えています。例えば、日本が輸入材料に付加価値をつけて、水素やアンモニアなどを製造し、エネルギー輸出国になる、そんなワクワクする未来もありえます。世界の人口がこのまま増え続ければ、宇宙空間にコロニーが必要になるかもしれない。そこでは、オフグリッドエネルギーは必須になるでしょう。今後、ますますエネルギーの価値は高まり、環境性能が重視される時代になります。将来を見据えて、そこにつながる事業をしていきたいです。
垣端:エネルギーにかかわる課題、期待、色々な話をお聞きし、とても勉強になりました。コンバートEV乗ってみたいです!本日はありがとうございました。
取材を終えて
前身の一般社団法人「エネルギーと環境を考える会」では、園田会長の理念のもと、エネルギーと環境をテーマに、多様な専門家が自由研究のように開発を重ねてきたとのこと。現在でも、アプデエナジーでは全員が本業と両立しつつ事業を進めているそうです。自動車、電気、IoTなど関連分野のプロが揃う稀有な集団だからこそ、“手間暇かかって面倒!”なバッテリーリユースの事業化が実現したというお話が印象的でした。(ライター 森令子)
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