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執筆者の写真大洞 静枝

「ナチュラルでスマート」なIoT製品を人々の暮らし目線で開発 TSTジャパン

更新日:2022年11月3日

関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、LPWA(Low Power Wide Area)技術を活かしながら、人々の生活に溶け込むIoT製品の開発を行っているTSTジャパン株式会社、代表取締役の古田 兼三さんにお話を伺いました。


          取材・レポート:西山裕子(生態会事務局)、大洞静枝(ライター)



 

古田 兼三氏 略歴

同志社大学工学部を卒業後、株式会社SCREENホールディングス(旧大日本スクリーン製造株式会社)入社。イギリス・ドイツでの勤務を経て、39歳でドイツの TUV Product Serviceへ転職し、EMC(Electromagnetic Compatibility)のエキスパートを目指す。太陽誘電株式会社に転職後、EMCセンター運営および業界団体での新技術普及(BLE〈Bluetooth Low Energy〉規格策定など)に携わる。50歳でアメリカの機械部品メーカーに転職、日本の現地法人をつくる。その後、積水マテリアルソリューション株式会社で技術者としてIoTの普及活動に努める。2020年3月に定年退職後、同年8月にスペインのTST(Technologias, Servicios, Telematicos y Sistemas,S.A)の日本現地法人を設立。


 

■定年退職から一転、「事故にあったつもり」で起業


生態会 西山(以下 西山):本日は、どうぞよろしくお願いします。まずは設立のきっかけについて教えてください。


古田 兼三氏(以下 古田):私は6度ほど転職をしていて、定年前の6年間は積水化学にいました。2020年3月の定年退職を前に、独立行政法人国際協力機構(JICA)に申し込み、海外に行く準備を進めていました。ちょうどその頃、共同開発を行っていたスペインに本社があるTSTの社長から、日本に現地法人を作りたいと相談を受けました。設立の初期だけ、手伝うことになったのですが、ほぼ同時期に新型コロナウイルスが流行し始めました。スペインの社長が来日できなくなり、私が日本法人を設立することになりました。新型コロナウイルスで、JICAに行くこともできなくなってしまったので、「もう事故みたいなものや」と思い、腹をくくりました。2025年には、スペイン本社と同じぐらいのレベルで、製品開発ができる会社にしたいという目標があります。


西山:それは、いろいろな経験をされているのですね。大変な事故で、ドラマのようです(笑)。起業された会社の事業について、教えていただけますか。


古田:IoTの開発と普及を目指しています。IoT(Internet of Things)は、ものをインターネットにつないで、互いに通信できるようにする技術です。例えば、ここにコップがあったら、自然な感じで紅茶が入っていることがわかるような、ナチュラルでスマートなIoTにしたいと思っています。従来のような、仰々しい装置を作るようなスタイルは目指していません。


代表取締役の古田 兼三氏

IoT という言葉は、随分前から認知されています。しかし、一部の企業が大型実験などを行っているような、非現実的なイメージがあります。TSTはもともと、衛星通信など、プロユーズの無線が専門の会社です。IoTに関しては、非常に現実的な製品づくりをしています。ヨーロッパは、「まず取り組んでみよう」、「前よりも便利だからいいんじゃない」という雰囲気があります。日本は、仕様や数値を追い込むがために、ハードルがどんどん上がって、なかなかIoTが普及しないという背景があります。

(写真左)ライター大洞、(写真右)古田氏

仰々しい装置をつくることで、費用対効果や投資に対しての議論も出てきます。そうではなく、今の生活がより便利になることが目標で、現実の世界に入れ込むIoTを目指しています。


スペインは日本と同様、人口の高齢化が進んでおり、高齢化問題を解決していくためのIoT開発が盛んです。ヨーロッパの製品を日本に持ってきても、そのまま使うことはできないので、日本仕様にするための開発や、オリジナル製品の開発を行っています。


■創業コンセプトは3L(LPWA ・ローコスト ・ローカライズ)


西山:どのようなコンセプトで、開発されていますか?

わかりやすいように、ノートに書きながら説明してくれた

古田:創業コンセプトがあります。3L(LPWA ・ローコスト ・ローカライズ)です。LPWA(Low PowerWide Area)は 低消費電力で、長距離のデータ通信を可能とする無線通信技術です。Wi-Fi のルーターと比べると、10倍ほど広い範囲をカバーできます。製品には、この技術を利用しています。


ローコストというのは、太陽誘電に在籍していた際、Bluetooth の初期の開発メンバーであった経験がもとになっています。当時はシリコンバレーと同様、10~20年後のコンセプトを決めてから、開発が行われていました。1990年代で、無線チップが100ドルだった時代です。IoTも、将来1ドルで使う時代がくると言われていました。まだ達成はされていませんが、そこまでの低価格でないと、IoTは普及しません。だからこそ、ローコストにこだわっています。将来的には1㎞²あたりに100万個のデバイスが入ると言われています。IoT部品コストは10~20円になってくるので、未来を見据えた製品開発をしています。


TST開発の水位センサー

前職で、スペインのTSTと水位センサーを共同開発していた頃、河川の本格的な水位センサーは1000万円ぐらいしました。より簡易的なセンサーにするために、100万円を割る値段で作る方向で、各社が動き出しました。その時の単価は30~50万円です。この価格をさらに下げていきたいと思っています。社内の目標は、製造コスト5,000円~10,000円ですが、今は、まだ5倍ぐらいの値段です。本来は10万個、100万個の単位で生産し、各社が競いながら、標準化して作り上げる必要があります。残念ながら、まだ生産は数千個のレベルなので、競争には至っていません。これは、ベンチャーのつらいところだなと感じています。


また、行政や大手企業に届くまでに、サプライチェーンを構成する業者が2回くらい入ります。そこで価格は倍になります。ベンチャーなので、サプライチェーンを通さない限り、製品は普及しません。サプライチェーンで扱ってもらうためには、価格をかなり低く設定しないと売れません。苦しいところですが、製品供給のための流通経路も踏まえて、ユーザーに届く際の価格を想定しています。


最後のローカライズは、製品を日本のどの地域でも、また外国でも使用できるように、対応させていきたいと思っています。


■取付け簡単、メンテナンスフリーの製品づくり


西山:具体的には、どのような製品を開発されているのでしょうか?


古田:例えば、「オールインワン型 超音波式距離センサー」は、水位を検知して、無線で教えてくれる水位センサーです。ゲリラ豪雨の際、河川や道路の状況を確認しているのは、自治体でも警察でもなく、町内会や地域の防災組織です。通学路であれば、学校の先生が見に行くこともあります。現地に足を運ぶのは、命の危険を伴います。センサーからの情報を、LINEなどでお知らせすれば、安全な場所から水位を確認できます。センシング能力が強みなので、精度は高いです。


防災・減災の観点で言うと、本来はセンサーではなく、堤防を高くすれば水害は防ぐことができます。ただ、堤防をつくるには、時間とコストがかかります。水位センサーは他社製品もあるのですが、とにかく施工が大変です。総コストは100万円くらいかかります。



「オールインワン型 超音波式距離センサー」は取付けが簡単なので、専門業者は不要です。また、スイッチがなく、電源は電池です。省電力化で3~5年持たせることができます。今、10年間、電池を持たせることを目指しています。10年経つと、製品自体が寿命になるので、そのまま交換することになります。基本的にはメンテナンスフリーという考えです。そして、製品価格は10万円ほどを目指しています。同じ100万円の予算なら10カ所につけられるので、1カ所につけるよりも、点ではなく面で水位を把握することができます。


昨年、学校法人近畿大学と株式会社NTTドコモが開催する「地域課題解決 5G DX AWARDS 2021 in 大阪」の一般部門・アイデアコンテスト 最優秀賞で優勝しました。「多数接続から限定接続への切換えによる低遅延伝送」というアイデアです。平常時と変化時(災害時)での自動判断と、ネットワークの自動切換えにより、ユーザーの体感時間短縮を図る仕組みです。次に開発したいのは、水害に伴って発生するがけ崩れを検知する製品です。


八幡市での実証実験の様子



(写真左)古田氏、(写真右)生態会 西山

西山:実際に、製品を使われるのは自治体になるのでしょうか?


古田:現在、大阪府、大阪市、八幡市と交渉中です。今は、やはりベンチャー企業ということで、実績や信頼性がありません。いくら製品が良くても売れないと意味がないので、早く実績をつくっていきたいと思っています。


西山:TSTさんの製品が広まって、早く防災・減災に役立つといいですね。今日はどうもありがとうございました。


 

取材を終えて


海外での技術者経験が長い古田氏が目指すのは「仰々しい装置を使うのではなく、ナチュラルでスマートなIoT製品」。仕様をつくり込んでハードルを上げるのではなく、「前よりも便利!」と感じる現実的な製品づくりをしたいとのことでした。水害時のセンサーは、「大雨の中、水位を見に行って危険な目に遭って欲しくない」と、人々の暮らし目線で、ものづくりに取り組まれているところが印象的でした。(ライター大洞)




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