関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、赤外線とAIを組み合わせた高精度なセンシングによって、非接触でモノの位置を把握できる「近接覚センサー技術」を駆使し、ロボット界に革新を起こすソリューションを提供する株式会社Thinkerの代表取締役 CEO 藤本 弘道氏にお話を伺いました。
取材・レポート:西山 裕子(生態会事務局長)、大洞 静枝(ライター)
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代表取締役 CEO 藤本 弘道氏 略歴:1970年大阪生まれ。大阪大学大学院工学研究科原子力工学科修了。新卒でパナソニックに入社後、2003年に社内ベンチャー制度を利用して株式会社ATOUN(アトウン)を創業。19年にわたってパワードスーツの事業に関わる。2021年には販売額で国内シェア60%を達成するも、新型コロナの影響で2022年4月に会社清算。 2022年5月に株式会社 SHIN-JIGEN を創業。ゼロイチ事業や新規事業で企業のハンズオン支援や人間拡張やロボット技術をコアにした開発事業を推進。同年8月に大阪大学基礎工学研究科の小山佳祐助教らと株式会社Thinkerを設立。奈良女子大学客員教授、大阪工業大学客員教授。
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生態会事務局長 西山(以下、西山):本日はどうぞよろしくお願いいたします。早速ですが、会社設立の経緯について教えていただけますか?
代表取締役 CEO 藤本 弘道氏(以下、藤本氏):私は、もともと、パナソニック株式会社で技術者として働いていたのですが、2003年6月、32歳の時に、社内ベンチャー制度を利用して、ATOUN(当時はアクティブリンク株式会社)を創業しました。ロボットに軸をおいた事業を展開し、「着るロボット」として、人間の動作を補助するパワーアシストスーツを開発していました。
20年前といえば、ロボットが一体1,800万円~2,000万円くらいするような時代です。商品としてではなく、主に研究用として販売されていました。社会実装できる“商品”としての開発に力を入れ、2012年には、農業用のアシストスーツをリリース。2018年に出荷した、荷物の上げ下ろしの作業負担を軽減する「MODEL Y」(販売価格:約70万円)は、1,000台近く世に出すことができました。しかし、2021年にロボット販売額のシェアで1位となり、ようやく事業としての結果が出てきたタイミングで、新型コロナウイルスの感染が拡大。売上が半減し、収束時期が見えない中で、やむをえず撤退を決め、パナソニックの特別清算という形で、2022年4月に解散しました。
未来を「創造しない」という選択肢はない
西山:ATOUNを解散してから、どのようにThinker設立に至ったのでしょうか?
藤本氏:解散した直後に、元パナソニックで大阪大学共創機構の北岡康夫氏から、「暇やろ?」と声をかけられました。大阪大学基礎工学研究科の小山佳祐助教が開発した近接触センサー技術を社会実装してくれる人を探しているとのこと。詳しく話を聞いてみると、まさにロボットの世界に未来をつくり出すことができるような革新的技術でした。
小学校の頃からSF小説や映画が好きで、未来を少しでも多く、この目で見たいという想いがありました。50歳を超えても、それは変わらず、未来を「創造しない」という選択肢がありません。
そんな気持ちに気づくことができたので、2022年5月には、未来目線のロボティクスファームである株式会社SHIN-JIGENを、8月には“指先で考えるロボットハンド”の実現に取り組む、株式会社Thinkerを創業しました。Thinkerは、OUVC(⼤阪⼤学ベンチャーキャピタル)が指導していた事業を、現在のビジネスモデルに変換し、資金調達しています。さらに2023年2月には、SHIN-JIGENの子会社として、テクノロジー視点で認知症予防に取り組む、株式会社MOMOCIを設立しました。
ライター大洞(以下、大洞):解散してすぐに始動され、同時に3社を立ち上げられたのですね。何か共通する思いのようなものがあったのでしょうか?
藤本氏:3社とも「このような社会になれば、もっと幸せになるのに」、「こんな未来があれば、もっと自由に生きられるのに」という共通項があります。意識的にというよりは、結果的に同じ思いになりました。それぞれの事業を起こしたときに考えていたのは、社会課題に応えたいということです。
実は、いまお話ししているこの場所は、かつてのATOUNの本社なんです。会社の清算をする時は、なかなかシビアなもので、売れるものは売って、あとは処分するだけ。部屋にあったロボットを片っ端から捨てながら、自分の持ち味や価値、社会の中での存在意義のようなものをずっと考えていました。そのときに気づいたのが、これまで自分に求められてきたことは、未来を社会に具現化する働きだということでした。
大学で研究している先生方は、新しい技術を生みだしたり、まだ世の中にないことをやろうとしたりしています。しかし、それをいざ社会に適用し、活用しようとした時に、ビジネス化できる人があまりいません。いわゆる社会実装ですが、自分はそこで社会に貢献すべきだと自覚しました。
振り返ってみると、ATOUN時代には、依頼を受けても支援できなかったことが、たくさんありました。どうせなら、今までできなかったことをやろうと、SHIN-JIGENでは、未来実装カンパニーというコンセプトを掲げました。事業の立ち上げや、スタートアップとの協業、場合によっては一緒に会社を立ち上げることにも取り組みます。できるだけ多くの人の新しい挑戦をサポートするという立ち位置で、株式会社Thinkerとも連携しています。
人間の手のように、非接触のまま対象物を追跡して「つかみにいく」ロボットハンド
大洞:株式会社Thinkerで開発を進めている近接覚センサーはどのような技術ですか?
藤本氏:実はロボットは、みなさんが思っている以上に、いろいろなことができません。得意なことは、24時間働き続けることと、単純計算や高速計算。製造現場などでは、上手く利用していますよね。ガラスやプラスチックのコップを触って材質を認識したり、名刺のような薄い紙をすくい取ったり、撫でたり、まさぐったりという動作は、ロボットには困難です。人間なら3歳児にもできることですが、ロボットハンドにはできません。
これまでは、ランダムにばら積みされた部品などをロボットハンドで扱うのは難しいとされてきました。近接覚センサーは、そんな“死角”を補って、ロボットハンドで真に人間のような動きを実現できる技術です。
従来のロボットハンドのほとんどは、つかもうとする対象物をカメラなどによって“視覚的”に捉えていました。この方式だと、対象物との距離はわかっても、姿勢や裏側の様子は把握できず、透明素材や鏡面素材の認識も難しくなります。その結果、上手くつかめないものが出てくるのです。しかし、Thinkerの近接覚センサーは、赤外線を用いて反射光量を測定し、AIが対象物の距離と姿勢を特定します。だからこそ、非接触のままで対象物を認識して、追跡したり、まさぐってつかみにいったりすることができるのです。
コスト面での貢献も大きいです。従来のような画像認識をベースにしたロボットハンドのシステムでは、数百万円レベルの初期投資が必要ですが、近接覚センサーであれば30~40万円で済みます。
さらに、ロボットに動きを教え込むティーチングも楽になり、故障のリスクも軽減されます。従来の方式だと、ロボットハンドにモノをつかませようとする場合、対象物の場所を精確に決めて、動きを精緻に設定しておく必要がありました。それだけ手間をかけても、ほんの少しずれがあると、ロボットの“突き指”が起こり、修理のために製造ラインを止めるようなことも少なくなかったのです。近接覚センサーを用いれば、ティーチングは簡素化できるし、“突き指”のリスクも大幅に減ります。「この辺り」と、モノのおおよその位置を伝えておけば、あとは指先が考えて、つかみにいってくれるのです。
西山:工場などの製造現場が対象ですか?
藤本氏:ものづくり全般ですね。自動車、電気製品、ガラス、半導体ウエハーなど。一般的な製造工場のほか、産業ロボットや製造装置として導入を検討されるケースもありますし、食品加工の分野や、協働ロボットとしても引き合いがあります。新しい取り組みで、将来のホームロボットとして、オファーをいただいている企業もいくつかあります。
未来実装で社会課題を解決する
西山:ファンドから資金調達した場合、10年以内のEXITを期待されていると思いますが、IPOについてはお考えでしょうか?
藤本氏:5~6年のうちのIPOを目指したいと思っています。
大洞:いろいろな可能性を秘めた技術で、あらゆるとこから需要がありそうですね。
藤本氏:これまで200社近くの企業から引き合いをいただいていますが、実際に導入し、活用されて、はじめて意味があると思っています。7月末に出荷を開始した今は、お客さんのペインと我々のソリューションがマッチしたスタートラインに立ったところですね。量産化し、プロダクトは完成したものの、これからは、いろいろな局面で微調整が必要になるはずです。そこも想定しながら経営にあたっています。これは一度、会社を潰したことがある強みですね。
西山:Thinkerの今後について教えてください。
藤本氏:私には、好きな格言がひとつあります。「人間はしばしば困難に直面することもあり、事、志とたがう場合もありますが、そういう場合でも志を失わなければ、必ずやそれが転機となってプラスになっていくものだということを私はしみじみと感じます」。松下幸之助さんが不景気のときに、販売会社や代理店の社長が集まった「熱海会談」で話した言葉です。当時から、松下幸之助さんは、会社がどうなりたいかではなく、社会がどうあるべきか、250年先まで見越して考えていました。
未来を想像して、そこから現在のあり方を考える、つまりはバックキャスティングをすると、見えていなかったものが見えるようになってきます。未来への妄想がビジョンに変わるのです。事業として大切なのは、やはりビジョンです。イノベーションも、ビジョンがあるから生まれるといっても過言ではないと思っています。これからも、飽きることなく未来を思い描き続けて、未来実装に取り組んでいきたいですね。
西山:星新一さんのSF世界のような未来が、実現できる日も近いですね。今日はどうも、ありがとうございました!
取材を終えて:実際に、近接覚センサーを見せてもらいました。ロボットが、人の目で見ているかのように、モノを追ってつかみにいくのが、本当に驚きでした。開発されている方も含めて、ワクワクするものをつくりたいという雰囲気が会社全体にあり、未来をつくる人たちのエネルギーを感じた取材でした。近接覚センサー技術を使った協働ロボットを、街中で見かける日が楽しみです。(ライター大洞)
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