関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、「職人が活きる社会を創る」をビジョンに、建物修理のWebサービスをtoC、toB向けに展開する株式会社SUGITAにお話を伺いました。toC向けサービス『ココッチョ』は、壁やドアの穴、床の傷などの修理を扱い、LINEで見積、発注、決済まで完結。壁の穴は一律16,500円と低価格で提供します。そのサービスを着想した経緯、想いをお話しいただきます。ビジョンに基づき、副業の浸透していない職人業界の働き方改革、教育体制の不在といった特有の課題にも切り込む側面にも、注目です。
取材・レポート:西山 裕子、橋尾日登美(生態会 事務局)
代表取締役 杉田 暁さん経歴
1992年10月、兵庫県高砂生まれ。地元の高校を卒業後、関西外国語大学、国際言語学部に入学。中国・アメリカに留学を経験。2015年ゼンショーホールディングスに新卒入社する。3か月ですき家店長、8か月でエリアマネージャーへ昇格。学生時代から志していた起業に向け、豊富なマネジメントの機会を得て独立を試みるも壁は高く、方向転換し大企業へ転職する。2016年に田島ルーフィングへ入社し、畑違いの建築業界に身を置く。その現場で職人不足の課題に直面。コロナ禍で深刻化する課題を解決するため、ふたたび起業を決意。2020年11月に株式会社SUGITA創業。
生態会 橋尾(以下、橋尾):今日はよろしくお願いします。まずは、事業概要を教えてください。
代表取締役 杉田 暁さん(以下、杉田):事業内容は大きく分けて2つあります。
ひとつは『ココッチョ』というブランドで、toC向けにおうちの修理サービスを運営しています。もうひとつは『ひとこえ』というサービスで、ホテルや結婚式場などのtoB向けに修繕管理システムを提供しています。
リペア(修繕)ができる職人を抱えており、toC向けとtoB向けにビジネスを展開している、という形ですね。
橋尾:どういった案件を扱っているのでしょうか?
杉田:ココッチョの方でお話しすると、僕たちが扱うのは『自分では直せない以上、リフォーム以下』の案件です。例えば壁に穴やドアに穴が開いてしまったとか、床に傷をつけてしまった、など。どこに頼んだら良いのか分からない…というものを請け負い、職人技で直していく形です。
橋尾:壁の穴!なかなかスタートアップ界隈で聞かない業態ですね。どこから着想を得られたんでしょうか?
杉田:実は今のサービスになる前にいくつか別の事業を行っていて、紆余曲折ありピボットして現在の事業になっています。
もともと、私は前職が建材メーカーで営業職をしていて、現場に行く機会が多かったんですよね。そこで、職人不足を実感し、直面している業界の姿を見ていました。それを解決したい、と「職人が活きる社会を創る」をビジョンに会社を立ち上げたんです。それが、2020年の11月です。
まずやったのは、人材のサービスでした。現場の職人を増やすため、学生と建設業界をマッチングさせるような形のアプリケーションを開発したんです。
ですが、そもそも学生が建設業界に興味が無いことに気づいて。3Kじゃないですけど、魅力的に思ってもらえていないんですよね。
そこで次に、職人が魅力的な職業であれば人も集まるのでは、と思いました。つくったのは、ユーザーが職人に直に制作の依頼をできるプラットフォームです。ちょっとここに棚を付けたいんだよね、と職人に頼むことができる。
でも、これもあまりウケなかったんです。お客様側の課題が全然深掘りできていないことが原因です。
西山:「何かちょっと作って欲しい」というニーズがあまり無かったんですね。
杉田:そうなんです。そんな時、ディスカッションをしていたメンターが不意に「うち、壁に穴が空いちゃって。どこに頼んだらいいんですかね」と言っていて。
これだ、と。自分では直せない、どこに相談すればいいのか、って、課題としてすごく深いなと思いました。しかも、僕自身も誰に頼んだらいいのか分からなかったんですよね。前職、建設業界にいながらも。
そして当時、水道の訪問修理で過剰請求の問題がニュースになっていてこれはリペア業界にもある課題だったので、これを変えて行きたい、と始めたのがココッチョです。
橋尾:実際のユーザー課題に応えることから着想したのですね。
杉田:サービスは色々な寄り道をしましたが、僕たちの根幹にあるのは、職人を増やすことであったりとか、職人を育成すること。これが事業の根幹です。
杉田:在籍する職人は大きく分けて2種のパターンがあります。
ひとつは、まったくの異業種の方が、副業として職人をやっているパターン。例えば、トラック運転手との方とか、いますね。手先が器用で…という方が職人としての顔を持つ形です。
もうひとつは、既に他技術で職人として活躍している人が副業の技術として、リペアをするパターンです。普段は電気工事や大工をしているとか。
橋尾:正直、別職種の方が副業職人、というのは驚きです。職人さんは、年数を重ねて習熟度を上げていく…というイメージがあるので。
杉田:そうですね。10年経って一人前、なんてよく言われますよね。積み重ねによる技術・仕上がりの向上はもちろんあります。
ココッチョでは独自のカリキュラムを組んでいて、それを受講し、手順を守って施工すればある一定のクオリティは均一に出せるスキルが身に付きます。職人と一緒に開発しました。最短2日の研修でひとり立ちができます。
西山:2日!体系立てての研修が確立されているのですね。
杉田:業界的に、教育体制の整備が苦手な背景もあり、驚かれます。
これまで業界的に、副業をしている職人というのはほとんどいなかったんです。職人は基本的に業務委託契約のフリーランスが多く、自由に業務をしていても不思議じゃないのですが、これも技術の習得方式の問題ですね。体系立てた技術習得が確立されていないせいで、副業スキルが身に付けにくいんです。
橋尾:ではココッチョのように、短期間でスキルを習得して副業をする、というのは、職人の方々にとって画期的な働き方改革ですね。
橋尾:現在ココッチョでは、何名ほどの職人さんを抱えていらっしゃるのでしょうか?
杉田:約40名ですね。
8時~17時の勤務を終えた後の空き時間に稼働している職人が多いです。人によっては朝や昼も。結果的に時間帯を網羅している感じです。
西山:サービスの流れはどのようなものなのでしょうか?
杉田:お客様はInstagramなどのweb媒体で見つけてくださる方がほとんどで、その後LINEでお見積、日程調整、決済まで完結します。
橋尾:そもそもモデルとして、職人とユーザーを直にマッチングするようなプラットフォーム形式にすることもできたと思うのですが、この形式にしたのはどのような意図があるのでしょうか?
杉田:職人と直にコミュニケーションできた方がユーザーにとって良い面もあると思うので、今後のアップデートの構想の中にはあります。あとは、自動化して効率化する、というのも。
ただ、直マッチングのプラットフォームに職人が登録して、ユーザーが直に施工をお願いするのは危険もあります。建設業界にいて、施工のクオリティが職人によってばらつきがある、という課題に多くぶち当たっていました。
そこで、ユーザーと職人の間にクオリティを担保する業者(ここでいうココッチョ)が間に入ることと、職人が教育カリキュラムを経ることで品質の向上・安定をはかる、という2点をおさえたモデルにしているんです。
橋尾:異業種の方が副業で修理、と聞くと技術に不安を感じていたのですが、むしろ研修を受けることで下限品質を保たれている状態と言えるのですね。
杉田:まさにその通りです。
リペアの依頼は、品質と価格のバランスを見極めるのが難しいです。工務店さんだと安心感はあるかもしれませんが、200,000~300,000円ほどかかることも。職人と直にマッチングするプラットフォームだと10,000円でも頼める人はいますが、品質は博打です。
僕たちは一定のクオリティが担保された状態で、完全定額、ほぼ業界最安値でやっています。
壁の穴の場合はどんなものでも一律16,500円。壁の穴ではない場合も、直し方が2パターンあるので、それも定額式。明朗にしています。
橋尾:ん?16,500円というのは相当に安いのでは……?どのようにその価格を実現しているのでしょうか?
杉田:ココッチョの職人は副業で、収入目的がプラスアルファなこともあります。ですが、一番は教育カリキュラムが確立されていて、下積み期間のコストが浮いていることが大きいですね。
橋尾:現在、サービスLINEへの登録者数はどの程度いらっしゃるのでしょうか?
杉田:2,500名ほどです。
意外だったのは、施工終了後のLINE離脱率が10%程度なことです。リペアが終わったらいいや、とトークルームから離れられてしまうことを想定していたのですが、そうではなかった。むしろ、リピーター様も多くいらっしゃいます。また壁に穴が開いてしまったんです、とか、他に気になるところを直したい、とか。
口コミでのご紹介が増えていることや、アンケートの結果を見る限り、ご好評の言葉をいただけていて有難い限りです。
西山:サービスリリースからまだ1年少々、順調な印象です。想定されていた業績と比較してどうでしょうか?
杉田:そうですね。それこそ、マーケットがピンポイントすぎてはじめは本当に怖くて。1年は大赤字だろうな、と思っていました。実際にはリリースして4か月で単月営業黒字となり、2022年12月には過去最高売上となりました。
橋尾:素晴らしいですね。では、今お持ちの課題などはありますか?
杉田:ココッチョはInstagramで集客してからLINEへ誘導、と入口の整備はかなり進んでいます。なので、マッチした課題感を持ったユーザーがちゃんと流入してくる状態をつくり出せてはいるんです。
ですが、実際にサービス利用に至るか……というのは、まだ改善の余地が大きいです。じゃあ本当に壁の穴を直すか、というのは意外と人それぞれ感覚が違うんですよね。穴が開いてしまった瞬間に直したい人もいれば、まぁいいや、と退去直前まで放置する人もいる。そのスパンをコントロールするのは難しいです。
「直したい」と意識が変化するポイントをつくり出す工夫が必要です。
橋尾:顧客育成ですね。
杉田:はい。あとは、自動化して効率化していくこと、カスタマーサクセスの強化など、拡大にあたって整備しなくてはいけないポイントが山積みです。
橋尾:今後の展開を教えてください。
杉田:2023年3月に、ホテルや結婚式場などのtoB向けに修繕管理システムを提供するサービス『ひとこえ』をリリースしました。
通常企業の所有する建物は、建設したゼネコンが担当するのが通例です。ですが、見積り、修理にかなり時間がかかるんですよね。ちょっとしたリペアは、建設業界としては小さい案件なので、スピーディに相手にしてもらえない、というペインがあって。
ですが、ホテルや結婚式場は建物の美麗さが顧客満足度に直結しますし、そもそも稼働できなくなるなど、損失になります。なのでスピードを求めている。このズレはうちが解決できるなと感じました。
toBはリピートが見込みやすいですし、toCより単価も高いです。このリリースからブーストをかけていきたいです。
橋尾:拡大に加速をつける見込みなのですね。ありがとうございました。
取材を終えて
この事業にたどり着くまでに2つの事業を経て、3回目のピポッドの末のココッチョ。2020年11月の創業から、なんとスピーディにPDCAを回すのか、と驚きました。現在の建築は資材や流通が発達し、新しいものを作ったり取り付けるのに、高度な技術を要さない場面が増えた、と杉田さんは話します。新築住宅のキット化は、専門外の私でも聞く言葉です。「だけど、リペアは技術を持たないとできない。リペアこそ職人の仕事だ」と語ってくださいました。
サービスやモデルだけではない、代表の杉田さんや企業自体に、強さととがりを感じる取材でした。意外だったのはリピーター顧客の多さです。世の中にはそんなに数多の穴が……。
(スタッフ 橋尾 日登美)
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