関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、株式会社SpaciaNet Japanで代表取締役を務める青木渉氏に話を伺いました。
同社は、デジタル技術と多言語サポートを通じ、観光業の課題解決を目指すスタートアップ。現在は、無人宿泊施設向けの多言語コミュニケーション代行サービス「AirXpress」の運営と販売を主力事業としています。
共同創業者であるワコラ氏とカンボジアで起業した経緯や、その後の日本法人設立、現在取り組んでいる人材の送り出し事業やフィンテック事業についても、たっぷり教えていただきました。
取材・レポート:西山裕子(生態会事務局長)
和田翔 (ライター)
青木 渉(あおき わたる)氏 略歴
神戸薬科大学を卒業後、製薬会社でMRに従事。薬剤師としても経験を積む。バックパッカーとして訪れたカンボジアに高い潜在性を見出し、2013年に移住。起業を模索する中で民泊ビジネスと出会う。2015年、現地の交流会で意気投合したワコラ氏と現在の事業を始め、2017年にカンボジアで会社設立。Airbnbの登場など世界的な民泊ブームの波に乗り急成長を遂げる。その後コロナ禍で痛手を被るも、2021年に日本法人を設立した。
自動化・省人化で宿泊施設の付加価値アップに貢献
生態会事務局長 西山(以下、西山):本日はお時間をいただき、ありがとうございます。早速ですが、SpaciaNet Japanが取り組んでいる事業について教えていただけますか?
青木渉氏(以下、青木氏):現在の主力事業は、無人宿泊施設向けの多言語コミュニケーション代行サービス「AirXpress」の運営と販売です。日本語とカンボジアのクメール語のほか、英語・中国語・韓国語に対応しており、自社開発のシステムを活用した業務効率化にも柔軟に貢献できます。
ライター 和田(以下、和田):観光業にはどのような課題があるのでしょうか?
青木氏:特に観光業は、人手不足が深刻な状況です。多言語対応への遅れも挙げられます。また、デジタル化の遅れも深刻で、比較的新しいホテルでも紙ベースで業務をしている例が多くあります。
現在日本では観光立国を掲げてインバウンドに注力していますよね。ところが、受け皿となる宿泊業界の現場は疲弊している状況なんです。
和田:御社のサービスはそれらの課題にどうアプローチするものなのでしょうか?
青木氏:宿泊施設の運営会社は、ゲストからのメールや電話での問い合わせの対応など、さまざまな業務をこなさなければなりません。私たちのサービスを利用して、コールセンターが問い合わせ対応を代行したり、予約情報などをシステム上で一元管理したりできると、業務時間の短縮に貢献できます。
例えば、予約前からチェックアウトまでの対応にかかる時間でいえば、ゲスト1人あたり平均22分の削減が可能です。終日予約で埋まっている日なら、1日で数時間分の削減に相当します。
和田:1日数時間の時短と聞くと、効果の大きさを実感できますね。
青木氏:業務の自動化や効率化を進めれば、宿泊施設の利益を最大化できますし、お客様と対面するスタッフは、おもてなしに専念できます。施設の付加価値を高められる点が、私たちのサービスを利用する大きなメリットです。
粘り強い交渉でAirbnbとのシステム連携パートナーに
和田:現在の導入状況はいかがでしょうか?
青木氏:現在「AirXpress」が導入されているのは、主に無人の宿泊施設を中心とした約1,500部屋です。無人の宿泊施設は全国に約60,000部屋ありますから、現時点のシェアは決して大きくはありませんが、10~20%のシェアを獲得できるよう注力しています。
また、並行して力を入れたいのが、部屋数100万、1,200億円規模の市場であるビジネスホテル業界です。現時点では法的に無人化はできないので、省人化ソリューションとして提案していますが、将来的な法改正も見すえて取り組んでいます。
和田:御社はAirbnbのシステム連携パートナーでもありますよね。どんな経緯でパートナーシップを結ぶことになったのですか?
青木氏:2014年にAirbnbが日本でサービスを開始して、PMS(※)をAPI連携するパートナー企業を探していた時期がありました。ただその時点で私たちは選ばれず、他社と同様にWeb上で公開されていた非公式APIを利用して連携していたんです。
※PMS(Property Management System):ホテル・旅館の予約や客室管理などを行う基幹システム。
ところが2019年ごろ、その非公式APIがクローズされることになりました。私たちや他の企業としては、自分たちのシステムが正常に動かなくなり、Airbnbで民泊を予約して宿泊するゲストと円滑なコミュニケーションを取れなくなるわけです。民泊運営するオーナーもとても困ります。そうなるとAirbnbにとっても不利益ですよね。
そこで知り合いの伝手を頼りに、当時のAirbnbの担当者に、自分たちと公式に連携してくれるよう直談判したんです。初めは断られたものの、足しげく通ってお願いし続けました。その後も紆余曲折はあったのですが、晴れてパートナーシップを結ぶことができました。
和田:青木さんの思いの強さが伝わるエピソードですね。
日本とカンボジアの架け橋を目指して
西山:カンボジアで起業したのは、何かきっかけがあったんですか?
青木氏:バックパッカーとして海外を巡るうちにカンボジアに惹かれて、移住しようと決めたのが始まりです。2013年に移住して、そのうちに「せっかくだから起業しよう」と考えました。
西山:例えばどんな事業を手掛けたんですか?
青木氏:最初に手掛けたのは、日系企業に向けた仕出しの弁当屋です。その後、パソコンやスマホの輸入事業を共同で行ったり、人工透析クリニックを日本の企業と一緒に立ち上げたり、いろいろな事業に携わりました。
和田:その後、民泊に関わるビジネスを始めた流れですか?
青木氏:民泊事業者向けにメールと電話の代行サービスにも並行して取り組んでいたのですが、大きな転機となったのは、後に共同創業者となるワコラ(現・取締役 Va Kora氏)と出会ったことでした。
カンボジア出身の彼は、日本の大学でシステム工学を学んだ後、楽天トラベルのエンジニアとして日本で働いていたんですよ。
その後、彼自身も起業意識が高まってカンボジアに戻り、日本人である彼の奥様と出席した食事会で私と出会い、意気投合したんです。まずは2015年ごろからフリーランスの集まりのような形態で事業を始め、2017年に現在の前身である会社をカンボジアで立ち上げました。
和田:まずはカンボジアの現地法人としてスタートされたんですね。
青木氏:事業を始めた当時は日本の民泊黎明期で、市場全体が拡大していました。私たちはその波に乗り、大きく成長できた経緯があります。
エンジニアであるワコラが一緒に取り組んでくれたおかげで、独自のシステムを開発できました。その結果、民泊にまつわる業務を効率化・自動化できるようになって、飛躍的にサービスの幅が広がったんです。それが私たちのビジネスを拡大できた要因でもあります。
和田:市場の情勢を背景に、御社ならではの強みを生かして成長を遂げていったわけですね。
青木氏:ただ、コロナ禍で大ダメージを受けてしまいました。それまでは税制面でメリットの大きいカンボジアに拠点を置き続け、日本向けにサービスを展開し続ける考えでした。カンボジアから世界へ打って出るモチベーションも高かったですから。ただ、カンボジア法人として活動するには問題点もあったんです。
和田:どんな問題点があったんですか?
青木氏:資金調達が難しいことです。当時のカンボジアにはシンガポール系VCがありましたが、日本のスタートアップ向けの投資とは違って融資的な特性が強く、返済などに大きなリスクがあったんです。
西山:なるほど。日本からの調達はどうだったんでしょう?
青木氏:つながりのあったVCと話してみると、カンボジア法人には会社の価値をつけづらく、投資は難しいと。また、日本に法人がないため、銀行からの融資も受けられません。カンボジア法人の信頼性は決して高くないという現実を実感させられました。
悩んだ末、カンボジアだけに拠点を構えていても、コロナ禍が落ち着いた後の急速な拡大は難しいと考え、2021年に日本法人を立ち上げました。現在は日本法人が親会社となり、前身のカンボジア法人は100%子会社として運営しています。
送り出し事業とフィンテック事業にも進出へ
西山:日本法人を立ち上げて数年が経ち、今後の展開などはどのように考えていますか?
青木氏:宿泊施設は深刻な人手不足が続いています。その上、省人化や無人化の必要性は感じながらも、導入にまでは踏み切れない状況です。
そこで私たちは、カンボジアをはじめとした海外の優秀な人材を日本へと派遣する「送り出し事業」を、宿泊事業者向けに展開する計画です。宿泊施設の運営会社やオーナーなどが抱える課題解決を通じ、信頼関係を構築したのち、業務の無人化・省人化に貢献できるオンラインサービスを提案する、という流れで取り組もうと考えています。
和田:そのほかにも視野に入れている事業はありますか?
青木氏:フィンテック事業についても現在準備中です。私たちが取り組んでいるのは、日本で働く外国人労働者の課題を解決できる、海外送金サービスの構築です。
外国人労働者が日本で行う送金手続きは、実は問題だらけなんです。最近少しずつ改善していますが、まず銀行口座の開設が難しい。大企業に勤めていれば企業の信用で開設できますが、そうでない人にとっては簡単ではありません。
また、郷里の家族に海外送金をしようとしても、金融機関の窓口の外国語対応が十分でないことが多く、労働者側も日本語が流暢でない場合がほとんどですから、必要書類を書くことさえ難しいんです。さらに高額な送金手数料の問題もあります。
和田:外国人労働者が家族に送金する話はよく耳にしますが、背後にはそんな問題があるのですね。
青木氏:私たちはそんな人たちがより使いやすく、アプリだけで送金手続きを簡単に済ませられるサービスの提供を目指しています。システム自体はほぼ完成していて、現在は最後の調整段階です。関係部局の承認を得るための協議も進めています。
まずはカンボジアと日本の2国間でサービスを開始する計画です。実績をきちんと積み重ねた上で、将来的には他の東南アジア諸国との送金サービスも展開しようと考えています。
和田:宿泊施設の課題解決に取り組むだけでなく、非常に多面的な展開を視野に入れているのですね。
青木氏:現在は観光業全体がどん底から回復して、良い時期がやって来つつある状況です。そのうちに、これまで積み重ねた事業を成長させていきながら、私たちの強みが活かせる新たな事業にもチャレンジしていく必要があると思います。
旅行業だけに注力していると、環境変化に弱い面があり、一つのことだけやっていても駄目な時代は、また必ずやって来ますから。
西山:今後ますますの成長を期待しています。本日はありがとうございました!
取材を終えて
日々のニュースに触れるかぎり、インバウンドは復調しているように見えます。しかし実際は、現場に人材が戻ってきていないのが現状です。人手不足のために全室の稼働さえままならない宿泊施設もあると聞き、率直に驚きました。ならば外国人を雇用すれば、と安直に対応できないさまざまな事情もあり、業界の課題は非常に根深いものです。同社のサービスが拡大して、現状の好転へとつながることを願います。
(ライター 和田翔 )
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