関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、ゲノム編集技術をはじめとした品種改良技術とスマート養殖技術の導入を進める、京都大学発の大型スタートアップ。リージョナルフィッシュ株式会社の代表取締役、梅川忠典氏にお話を伺いました。
取材・レポート:西山裕子(生態会事務局長)
梅川忠典(うめかわ ただのり)氏 略歴
1986年福岡生まれ。デロイトトーマツコンサルティングにて電力・ガス業界の大手企業
に対して、戦略・業務・システム・M&Aに係る経営コンサルティング業務に従事。産業
革新機構に転職し、大手・中堅企業に対するバイアウト投資および投資先の経営に従事。
京都大学経営管理大学院修了。
生態会 西山(以下、西山):本日はよろしくお願いします。まずは、事業内容を教えてください。
リージョナルフィッシュ 梅川(以下、梅川):「いま地球に、いま人類に、必要な魚を。」をパーパスに、ゲノム編集技術を初めとした魚の品種改良をし、スマート養殖技術を導入して実用化を進めています。
西山:ゲノム編集技術で魚の品種改良とは、あまりなじみがないですね。天然の魚と比べてどうなのでしょうか。
梅川:天然の魚と養殖と、どちらが美味しいですか?と聞くと、みなさん「天然」だと言います。水産物の養殖は歴史が浅く、魚の品種改良が進んでいないからです。しかし現在、市場にある農産物や肉は、品種改良されたものがほとんどです。たとえば、イチゴの「あまおう」は、もともと自然にあったものでないですが、野生のイチゴより、絶対に美味しい。オールオックスという牛の原種も、天然牛は400年前に絶滅しています。しかし品種改良で、味しい和牛が生まれています。イノシシからは、毛が無くておとなしい豚ができています。一つの品種改良には、10年から30年の時間がかかりますが、農耕・畜産の歴史の1.2万年の中では、短い期間です。我々が口にしている農作物や畜産物のほとんどは、歴史の中で品種改良されてきました。
■魚の品種改良を短期間で行う、リージョナルフィッシュの技術
梅川:水産物の品種改良を普通にやると、30年かかります。が、ゲノム編集を使えば2-3年です。遺伝子組換えとは、違います。遺伝子組換えは、ある生物に別の生物の遺伝子を入れて新生物を作るという技術です。しかしこれの問題は、人間がいないと生まれないということです。
西山:人工的ですね。
梅川:人間が今まで食べているものも、すべて安全性が確認されているわけではありません。ただ、「ずっと食べてきたので大丈夫」という食歴で担保されています。遺伝子組換えは、今まで食べていないため、長期間の安全性の審査が必要で、製品表示の必要もあります。
我々は、京都大学のゲノム編集技術と、近畿大学の養殖技術を組み合わせてスタートした、世界でも珍しい技術を持っています。受精卵で細胞が分裂する前に酵素を送り込んで、酵素でゲノムを切ります。このトラフグは、食欲を抑える遺伝子を壊したものです。食事の量が増え、バクバク食べて早く大きくなるという、きわめてシンプルなものです。ゲノム編集は、スピードも安全性も高い技術です。早く大きくなって出荷期間が短くなるので、エサも4割減ります。85%の人がとてもおいしかったと、高い評価をいただいています。
西山:食欲を抑える遺伝子を壊して太らせる、そんなことができるのですね。
梅川:3.8億あるトラフグの塩基のうち4つだけを、正確に切り取っています。従来の手法でやると、3.8億分の4に当たらず、時間がかかり、予期せぬところを切り取って影響を気にする方もいました。
■地魚の定義を変え、リージョナルフィッシュに
梅川:今、ローカルフィッシュ(地魚)は、品種ではなく水揚げされた場所によってブランディングされています。クロマグロが泳いで、大間で水揚げされるから大間まぐろ、サバが泳いで関で取れるから、関サバ。しかし、福岡のイチゴと栃木のイチゴは品種の違いです。
ゲノム編集で品種が作れると、地魚の定義も変わって、おそらく品種になります。それこそが、地域を盛り上げる品種になると思い、ローカルフィッシュをもじって、リージョナルフィッシュという社名にしています。
■世界最高の技術で、日本の経済を活性化する
西山:すごい技術で、イノベーションを起こそうとされていますね。起業する前は、どのようなお仕事だったのですか?
梅川:大学卒業後、デロイトトーマツコンサルティングに入りました。当時、「日本経済の失われた20年」「日本の技術は世界で通用しているが、経営がうまくいっていない」と聞き、だったらコンサルティングに入って経営を支援しようと思いました。しかしできることが限られているので、産業革新機構に転職して、大会社のM&A案件に携わりました。すると、限られた産業以外は、日本は技術で台湾・韓国に負けている、技術トレンドの変化に対応できていないと気づきました。そういった会社を若い自分が変えることはできないが、今ある世界最高の技術で稼ぎ、次の技術に投資しできれば、国の経済もよくなるのではと思いました。だから、起業しようと。
自分自身は技術はないので、京都大学が東京の新丸ビルでやっていた、起業プログラムに参加しました。2017年頃、将来のたんぱく質不足を解決するための、昆虫食スタートアップを作りました。農学部の、昆虫学と栄養学の先生を合わせて、初めてのプロダクトをワクワクしながら出し、資金調達もしました。京大の方々にも、面白いやつがいると認識してもらいました。その後、京大のiCAPや産官学連携本部などに、シーズをいろいろ紹介してもらい、ゲノム編集の権威である木下先生に出会いました。日本の水産業が衰退し、それを支えてきた地域も衰退している、それを技術で何とかしたいと思ってらした。それは自分に近いなと。水産業は今までやっていなかったが、ここに賭けてみることにしました。
自分の持つ力は、経営コンサルティングで鍛えられた論理的な思考力や幅広いものの見方、投資ファンドで培ったファイナンス力や企業を立て直す力です。むしろ、経営しかやってきませんでした。いつ、どんな魚を、どこで、いくらで作るか?事業領域も決めることができる。昆虫やバイオ肉も将来は実用化されるだろうが、魚が早いかなと思いました。
そして、世界で初めてのゲノム編集のマダイ「22世紀鯛」を上市し、トラフグ「22世紀ふぐ」も上市し、ともに試験販売時に完売しました。生産性が良いだけはなく、おいしく、栄養成分が高い、アレルゲンがない魚を作りたいと思います。京都大学の木下先生と、養殖が得意な近畿大学の加藤先生と共同して事業を進め、九州大学のサバチームにも入ってもらうなど、他の大学とも多数連携しています。
■解像度の高い夢を伝えて、資金や仲間を得る
西山:2019年設立で、2020年に資金調達とは、すごいスピードですね。額もすごい。
梅川:資金調達には、投資家がワクワクするように伝える必要があります。すごい技術を持っていても、うまく表現できていない。それができれば、全然違います。
私が資金調達をした時は、将来上場するときに、どのような姿になって、どれくらいの企業価値が付くかを解像度を上げて話しました。そこに向かうために必要な要素はこれとこれ、何をいつしなければならないか、年度で並べて、ゆえに今この資金で、初めのマイルストーンを達成すると。投資家にわかる言葉でビジネスモデルに組んで、説明するのが大事です。
夢を描いてちゃんとやれば資金も得られるし、そこに向かってみんなで情熱をかけて達成しに行けるって、スタートアップはめちゃくちゃ素敵な商売じゃないですか。僕が作ったビジョンに共感してくれて、メンバーも入って、全力で追えるって素晴らしいです。
西山:株主が、いっぱいいらっしゃいますよね。資金調達のプレスリリースにも、皆さんが応援のメッセージを載せられていて。ちゃんと自分の言葉で、梅川さんへの期待や思いが寄せられていましたね。あのリリースは、誰が書いたのですか?
梅川:僕が書きましたよ。
西山:えーっ、そうなんですか。この会社は、すごい広報さんがいるなって感心したのですが(笑)。梅川さんご自身で、書かれたのですか。あれだけのコメントを集めて集約するのも大変だったと思いました。
梅川:そうですか(笑)、良かったです。ありがとうございます。
西山:大勢の投資家がいますが、あれは一つのファンドではなく、それぞれに投資してもらっているのですか?
梅川:そうです。CVCや事業会社に、資金を出してほしかったんです。我々がやろうとしているのは、1社だけではできないことです。連携が必要です。大企業に助けてもらわなければいけないのですが、お返しはすぐにできません。投資なら、将来キャピタルゲインでお返しできます。40社にお声がけいただいて、シナジーの高い10社に出資していただきました。
西山:一人でこれだけの会社と交渉するのは、大変なことだと思います。しかもプレスリリースまで書いているって(笑)
梅川:資金調達もできたので、人を集めて一気に行くぞという感じです。今は、人材採用が悩みです。関西で集まる人材と、東京は違う。東京であれば、投資銀行も官僚出身も来ます。最近はオンラインでも顧客の獲得はできます。東京ではスタートアップに就職することがブームにもなっていますが、関西ではまだまだ。そこがつらいポイントです。
スタートアップだからこそ、大企業より優秀な人が必要です。リソースでは大企業に負けていますが、資金調達をして、プロジェクトベースでは大企業よりお金があるという状況を作って、優秀なメンバーでチームを作り、短期的な目標にコミットすれば勝てるというのが、スタートアップの勝ち方の一つと思います。
取材を終えて
とにかく梅川さんの頭の良さ、回転の速さには本当に圧倒されました。1時間弱の取材でも濃い話の連続。起業の経緯も計画的で戦略的で、順調に資金調達をされて驚きです。その一方で、夢や熱意という言葉が何度も出るなど、ロマンも感じました。多くの大学や企業と協力し、まさにオープンイノベーション。国立遺伝学研究所、自然科学研究機構、神奈川大学・広島大学・筑波大学等、70を超える団体と連携し、創業3年で3回の大型資金調達など、多くの大学や企業との交渉力がすごいです。
また、日本電信電話株式会社(NTT)と、グリーン&フード事業に関する合弁貸家の設立に向け合意したと、2023年2月9日に発表されました。さらに賛同者を増やして、事業拡大に向け進んでおられます。研究支援のJST/NEDOや国際ビジネス誌Forbesからも高い評価を受け、各種コンテストでも優勝。関西発の大型スタートアップ!
今後に、大いに期待します。(事務局長 西山裕子)
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