生態会は、「関西の起業エコシステムを可視化し、コミュニティの発展に寄与する」ことを目指しています。スタートアップはもとより、スタートアップを生み育てる、シェアオフィスや大学にも取材しています。
今回は、居住滞在型インキュベーター施設「toberu」にて、インキュベーションプログラムを提供されている株式会社 フェニクシー(Phoenixi Co., Ltd.)の代表取締役社長 橋寺 由紀子さんにお話をうかがいました。
「toberu」は、鴨川と京都大学の間の、閑静な場所にあり、インキュベーションプログラム参加者の感性もより磨かれそうな、外装・内装共にとても素敵な建物でした。フェニクシー(Phoenixi) という社名は、不死鳥・伝説の鳥の” Phoenix "に" i " をつけ、3つの” i ”を意味しているそうです。イノベーション(innovation)、インキュベーション(incubation)、そして、アイランド(island)の3つです。アイランドは、前に飛ぶための飛び石みたいな島があると、次のディメンション(dimention、次元)にいける、という意味だそうです。
取材・レポート:西山裕子(生態会事務局長)、越智乃里子(フリーライター)
生態会 西山(以下、西山):立地も良く、とても素敵な建物ですね。まずは、事業概要を教えていただけますか。
フェニクシー 橋寺氏(以下、橋寺):居住滞在型インキュベーションプログラムの提供により、新規事業創出および起業・創業のための支援やコンサルティングを行っています。我々は、起業家の社会に置ける役割を、イノベーションを牽引する人たちである、と考えています。しかし、欧米各国や中国と比べ、日本では圧倒的に少ない状況です。そこで、起業家を育成すること、また、社会課題の解決を起点として収益と社会的インパクトを同時に追求する事業を創り上げるお手伝いをすることをミッションに掲げ、2018年3月に創業しました。インキュベーションプログラムの第1期は、2019年6月から開始しました。スポンサー企業によるスポンサーシップでプログラムを運営するという形をとっています。
西山:スポンサーシップというアイデア自体は、橋寺さんが考えられたのですか?
橋寺:5人の創業メンバーが議論する中で生まれたものでした。弊社のインキュベーションプログラムは、もともと創業メンバーの一人である久能祐子氏が、アメリカのワシントンDCで2014年に立ち上げたソーシャルインキュベーター「Halcyon」の住み込み型インキュベーターをモデルとしています。
それを日本に持ってくる時に、どう運営資金を確保するのかが課題でした。Halcyonは全て寄付で運営されているのですが、日本ではそれは難しいと考えていました。創業メンバーには、いろいろな会社から新規事業開発の相談を受けている方や、社外取締役として「自分一人で事業を立ち上げられるような牽引力のあるリーダーを育てたい」とトップマネジメントから聞いていた方がいましたので、メンバーそれぞれの立場のそれぞれの想いが歩み寄って、このスポンサーシップというアイデアが出てきました。
西山:会社から完全に離れて、参加者が一緒に住んで、具体的にはどのようなプログラムに取り組むのですか?
橋寺:起業するために必要なスキルを学びます。スタートアップの社長はほとんど何でもしなければならないですよね。経理、財務、人事、法務、研究開発、営業、マーケティング、広告宣伝、それらを基に事業計画を策定しなければなりません。そこで、そのために必要なフレームワークを学んだり、最低限分かっておかなければならないPRのルールを学んだり、プレゼンスキルを磨いたりします。また、厳しい目を持った投資家さんや、目利きが出来るメンターに直接アドバイスをもらったりもできます。4ヶ月間のプログラムの最後には発表会があるのですが、そこには、投資家や会社の上司の方がいらっしゃいます。さらに、出身元の会社に戻ってからもネットワークを活かしたメンタリングを継続します。
西山:プログラム参加者はスポンサー企業の方だけですか?
橋寺:既に起業している人、あるいは、起業を目指している方の公募もしています。社会起業家育成という点で、スポンサーシップではない方にも参加いただくためです。これまでには京都大学の学生さんや、京都大学発のベンチャーの方が参加していました。既に起業されている方は覚悟とか、真剣度合が違います。ここまでに資金調達出来なければ、製品開発できなければ、お客さんが来なければ、「会社が潰れてしまう」という中で仕事をしますから。一緒に住んでいると、そういう雰囲気は周りにも伝わりますので、緊張感が出て来ます。とても良いなと思う点です。
また今後、オープンイノーベーションを進めようと考える企業にとっては、インターフェイスになる人、双方の理解ができる人が必要だと私は思います。その点、スタートアップの肌感覚というのをここで経験してもらえます。ここでの経験が役に立つのではと、スポンサー企業さんにも感じていただいています。
西山:2019年からプログラムを始められて、実績はどうですか?会社に戻って行かれた方々はビジネスプランを実現されていますか?
橋寺:第1期の参加者で、ご自身の会社と提携企業、それにある地域とで連携して、社会実装を始めている人がいます。海洋プラスティックゴミ問題を解決することをテーマとして、店舗で使用するプラスチック容器を再利用できるような形にし、観光地などの決まったエリア内で連携しているお店であれば、どこに返してもいいという形のリサイクル事業に取り組んでいます(何度でも使えるシェアリング容器サービス【Re&Go】 (reandgo.jp))。その他の方も、会社に戻って大きな予算を獲得して事業開発を進めたり、社外の提携先を見つけて継続している人もいます。ただ、会社に戻ると別のテーマを並行して担当したりして、スピードが少し落ちてしまうことが多いようです。
会社に戻ってからも100%注力できていて、一緒にやってくれる人が増えた、という人ももちろんいます。一般公募の中では、昨年11月に京大の医学部の学生が妊婦さんをサポートするベンチャーを立ち上げました(FamiLeaf – ファミリーフ (fami-leaf.com))。彼らは京都大学医学部付属病院、行政、企業と連携して社会実装を進めています。厚労省との連携も視野にいれているようです。
西山:2020年は新型コロナウイルスの流行により何か影響はありましたか?
橋寺:5月から開始予定だった第3期を、スポンサー企業さんとも相談の上、10月から開始しました。チャレンジングだなと思いつつも、今期も共同生活をやってみようと決めました。スポンサー企業さんからは3社から1名ずつ、一般公募の社会起業家の方たちは3名、計6名が参加しています。オンラインで面談や事業計画を作るようなプログラム自体は提供できるのですが、本題が終わった後に、雑談レベルでのやり取りもあったりしますよね。私たちはそれを「副旋律」と呼んでいて、そういうのが大事なのではないかと感じています。
ビジネスにもよりますが、起業はなかなか大変です。その時に、共通の目的を持った仲間が側にいて、気軽に話せる環境というのは、共同生活ならではと思います。また、出来そうにないことをやっていた隣の人が、いきなりうまく行ったことを目にすることで、「ひょっとしたら自分にもできるかも」と、自己効力感が得られたりするのも、共同生活でしか得られないものです。このコロナ禍での運営は悩ましいこともあるのですが、そういうところに希望を持っています。
西山:最後に、今後の展望をお聞かせください。
橋寺:今のスポンサー企業さんに、第1期から第4期まで続けてくださったのは本当にありがたく、他のいろいろな企業さんにもこのプログラムを知ってほしいです。特に社内で新規事業を起こすことに限界を感じておられる企業さんに活用いただきたいです。将来的には関西以外の地域へも拡げていきたいですね。また、このモデルが成立するのであれば、アジアや他の国での展開を検討したいです。
---------------------------------------------------------------------------------------------
日本は起業率がだいたい5%程度で、欧米や中国は15%〜18%と2倍〜3倍あるそうです。「誰もが当たり前に使い出して、社会の形とか考え方、生き方、生活の仕方が変わることがイノベーション。」と橋寺さんはおっしゃいました。ダイバーシティーやSDGsなど、企業から発信される新しい取り組みは目にするものの、イノベーションはまだまだ遠く感じられます。コロナ禍の中でも、考え得る感染対策を次々と実行し、プログラム参加者へ共同生活の良さを提供できるように取り組まれているフェニクシーさん。フェニクシーさんのインキュベーションプログラムがより広く浸透し、修了生の方々が、これからの日本社会を力強くしてくださることへの期待が膨らみました。
(ライター・越智乃里子)
Comments