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執筆者の写真森令子

温冷触覚技術をはじめ、“五感”へのアプローチで新しい価値を創造する:大阪ヒートクール

関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、複数温度が提示できる世界初のIoT技術で”かゆみ緩和”デバイスを開発する大阪ヒートクール株式会社の代表取締役 伊庭野 健造氏にお話を伺いました。


取材・レポート:森令子(ライター)


 

伊庭野 健造(いばの けんぞう)氏 略歴


1985年生まれ、イリノイ州出身。京大大学院で博士号取得後、立命館大学、東京大学で博士研究員を務める。2014年、大阪大学大学院助教に着任(プラズマ分野)。並行して、菅原 徹氏(現・取締役)と熱電半導体実装技術を研究、2019年から事業化構想。他分野ディープテック研究者(現・取締役)も参画し2020年法人化。

 

■ディープテック5分野の大学教員によるスタートアップ


生態会 森(以下 森):本日はよろしくお願いします。まずは、事業内容を教えてください。


大阪ヒートクール 伊庭野氏(以下 伊庭野):私達は、「温度で五感をハックする」をテーマに、熱、材料、電気、知覚、無意識と5分野のディープテックの研究者である大学教員5人が設立した研究開発型スタートアップです。「なにか新しいことをしよう」「自分の研究だけにこだわらず、社会を刺激するような発明をしよう」と、コロナ禍にオンラインで集まっていたグループがもとになっています。

第一弾の製品として、温度を用いたひっかき錯覚システム「ThermoScratch (サーモスクラッチ)」を開発しました。これは、「温度による痛みの錯覚」


を利用して、ひっかいたような感覚を生み出し、肌を傷つけることなく、かゆみを緩和する刺激を与えるデバイスです。アトピー性皮膚炎をはじめ、”かゆみ”に苦しんでいる世界中の方々に、薬剤以外の対処法として届けたいと考えており、2023年の国内販売、2024年の海外展開を目指しています。



↑「ThermoScratch」使用による肌の温度変化の様子(サーモカメラで撮影)。

ライター森も、取材時に試作品を肌にあてて試してみましたが、「熱い・冷たい・痛い」が同時に感じられ、しかも、それが瞬間的でなく、しばらく持続するような、とても不思議な感覚を得ました。


■保有特許技術を活用、世界初の”かゆみ緩和”デバイス

森:「ThermoScratch」は、どのような研究がもとになっているのですか?


伊庭野:この製品には、菅原 徹 取締役(京都工芸繊維大学教授)と私が共同研究している「ペルチエ素子」に関する特許技術を使っています。

「ペルチエ素子」は、冷却・加熱など温度を電流制御する電子部品です。私たちは、大阪大学との共同特許も含め、「ペルチエ素子」に関する2種の特許を有しています。「ThermoScratch」は、複数温度が提示できる世界初のIoT技術を活用した製品なのです。


森:”かゆみの緩和”という課題に着目したのはなぜですか?


伊庭野:圧力再現による触覚技術はかなり成熟しており、スマートフォンのタッチパネルのように、産業化も進んでいます。しかし、私達のコア技術である温度/温冷触覚は、技術が未成熟です。ビジネスとしても大きなチャンスがあり、海外には、ゲームなどXR用の温冷触覚ウェアラブル装置や、ヘルスケア用のウェアラブルな体温調節装置などを製品化するスタートアップが出てきており、注目を集めています。温冷触覚の分野で、私たちの技術の優位を活かせ、かつ、消費者の課題を直接解決できるような製品・ソリューションをメンバーで色々議論した結果、”かゆみ”に着目しました。


■消費者の困っていることを解決する製品をつくりたい

私達はディープテックの研究者の集団ですが、基礎研究や数十年単位の長期研究ではなく、直接、人間にアプローチしたいという思いは共通しています。ビジネスの方向性として、消費者の困っていることを解決する製品を実現したいと思っています。


例えば、アトピー性皮膚炎については、幼児期の有症率の高さや、成人患者の半数以上が保健医療機関で治療していない、などの現状もあり、非常に多くの方が苦しまれています。また、世界的にアトピー性皮膚炎の患者は増加しており、関連市場は2030年まで毎年15%づつ拡大するという予測もあります。


私達が行ったインタビュー調査では、「塗り薬は全身に塗らなければいけなくて大変」「傷になるのが嫌なので、違う場所をつねって誤魔化している」「皮膚を傷つけずに痛覚を感じられるならぜひ欲しい」といった回答が得られており、サーマルグリル触覚(冷+温→痛覚刺激)を使った”痛覚によるかゆみの緩和”を活用すれば、多くの方のお役に立てると確信しています。


森:法人化については、いつごろ決断されたのですか?


伊庭野:菅原が大阪大学に在籍していた2019年ごろから、「ペルチエ素子」や触覚技術を活用したビジネスを一緒に構想してきました。私自身は、起業家志望ではありませんでしたが、研究だけでなく、もっと視野を広げたいと常に思っていたことも、起業のモチベーションの一つです。


また、「ペルチエ素子」特許技術は会社設立のきっかけではありますが、「ペルチエ素子」の社会実装だけが事業範囲ではありません。特定の研究だけをシーズとする”大学発ベンチャー”とは、その点が少し異なっていると思っています。


取締役5名の大学教員としての肩書き・専門分野の紹介(大阪ヒートクールHPより)


■コンテスト受賞、アクセラレーションプログラム採択など実績多数

森:ピッチコンテストや、アクセラレーションプログラムなどに精力的に参加されていますね。


伊庭野:そうですね。法人設立直後で、BtoCかBtoBかも決めていないような頃から、ビジョン重視のプレゼン(笑)で、色々なスタートアップ支援のプログラムにエントリーしてきました。

ビジネスコンテストは4回の優勝歴があります。2020年12月の「大阪テックプラングランプリ」での最優秀賞/関西みらい銀行賞/ダイキン賞が最初の受賞で、他に、「フードテックグランプリ2021」最優秀賞/サントリー賞、「大学発スタートアップ ピッチコンテスト U-START UP×大阪・関西万博]」優勝などがあります。U-START UP優勝では、副賞として、世界最大の電子機器見本市”CES2022”へも出展しました。


アクセラレーションプログラムでは、NEDOの「研究開発型スタートアップ支援事業/NEDO Entrepreneurs Program(NEP)」に2020年、2021年と採択され、研究開発への助成金などの支援をいただきました。他にも、「スタートアップ・イニシャルプログラムOSAKA(SIO)」や、沖縄科学技術大学院大学(OIST)のアクセラレーションプログラムなどにも参加し、事業を進めています。最近では、「J-Startup KANSAI」にも選出いただきました。

森:大学教員も務めつつ、それだけの実績があるとはすごいですね。


■支援が充実している関西での起業は、メリット大!

伊庭野:関西で起業するメリットとして、スタートアップ支援が充実していることを感じています。今後、協業が必須の事業会社、特に医療や製造などの企業も多く、事業が進めやすい環境です。

また、立ち上げメンバーは大学教員ですが、今は、学生やプロボロなど多くのメンバーが参加しています。なかでも、現在、OISTプログラムの中心メンバーとして、沖縄に滞在している吉國聖乃さんは、チーフ・コミュニケーション・オフィサー(CCO)として、最近、6人目の取締役に就任しました。吉國CCOは、大阪公立大学(旧:大阪市立大学)起業支援室特任研究員やSIOの運営など、スタートアップ支援経験が豊富で、ご自身も起業家です。関西のスタートアップ界隈で有名な方なので、正式にメンバーに迎えることができ嬉しいですね。



森:これからがますます楽しみですね。今後の計画をお聞かせください。


伊庭野:「ThermoScratch」はハンディタイプの”かゆみ緩和”デバイスですが、次の製品として、ウェアラブルな”かゆみ緩和”デバイスも開発中です。ウェアラブルデバイスと合わせてアプリなどのサービスも提供していき、将来的には、”かゆみ”だけでなく、安眠サポートやメンタルサポートなど、触覚技術を活用した幅広い事業開発を計画しています。


「社会を刺激する発明集団」として、2025年に売上2億円、2027年には売上50億円を目指していきたいですね。


 

取材を終えて

それぞれ専門領域を持つ大学教員で結成されたユニークなチーム、明確なビジョンとスピード感ある製品開発で、注目を集めるスタートアップです。伊庭野氏は「やったことのないことをやるのが好き」と取材中に、何度かお話されており、スタートアップとしてのチャレンジを非常に楽しんでいる様子が印象的でした。今後の展開として「私達だけが製品を作るのではなく、他の方も開発できるよう、触覚技術で様々なアプローチができるプラットフォームを目指している。他の事業会社との共創も積極的にやっていきたい」と、大きなビジョンをお話しいただきました。

(スタッフ 森 令子)



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