生態会では、四半期に一度「関西スタートアップレポート」を発刊しており、関西の起業環境の可視化とその発展に寄与するべく活動しております。2022年7月末発刊予定の第11号レポートでは「大学発スタートアップ」の特集記事を掲載予定です。記事の執筆に際し、関西の国立大学の一つであり、日本の国立大学の研究成果を活用した大学発ベンチャーを支援する、京都大学イノベーションキャピタル株式会社 代表取締役社長 楠美 公 氏に取材しました。
取材:西山裕子(生態会事務局長)、垣端たくみ(生態会事務局)
レポート:鈴木蒼唯(ライター)
生態会 垣端(以下、垣端):前回の取材から1年が経過しましたが、その後の変化や現在の活動に関してお聞かせいただけますでしょうか。
京都大学イノベーションキャピタル株式会社 代表取締役 楠美 公 氏(以下、楠美):2021年の1月に2号ファンドを立ち上げたのですが、1号ファンドと唯一異なる点は、京大以外の国立大学発べンチャーに投資できるようになったことです。
基本的には、京大発ベンチャーや他の国立大学発ベンチャーに投資する時も、デューデリジェンスについては変わりません。一方で、コミュニケーションにおいては、研究者との意思疎通が円滑に進んでいた京大発ベンチャーに対し、物理的な距離がある他の国立大学発ベンチャーでは難しい傾向があります。
また、我々はスタートアップの人材供給の場として、京大発スタートアップにチャレンジする研究者とビジネスパーソンが出会うECC-iCAPというコミュニティを組織していました。前回の取材時の会員数は300~350人程だったのですが、直近だと450~500人程と増加しました。
今年から、京大と弊社で運営していたECC-iCAPの主体を、関西スタートアップアカデミアコアリション(以下、KSAC)が主体のECP-KANSAI(Entrepreneur Candidate Platform)に移植しました。背景としては、元々関西のベンチャーエコシステムの課題を、文部科学省や経済産業省のご支援も受けながら大阪・京都・兵庫で連携して解決していくという動きがそもそも全体像としてあったためです。
垣端:他の国立大学発べンチャーにも投資されていると伺いましたが、投資状況は順調でしょうか。
楠美:そうですね。昨年も香川大学発ベンチャーのメロディー・インターナショナル株式会社に昨年投資を実行しました。京都以外の地域の企業とは、円滑なコミュニケーションを取るうえでは、多少の制約が出て来ることもあります。それを緩和するために各地域のVCと連携しています。
例えば、広島銀行ベンチャーキャピタルや新潟ベンチャーキャピタルなど、6社ほど地域の金融機関系VCと連携協定を結んでいるため、ソーシングや協調投資の際に有効です。他にも、投資後の日常的な資金繰り支援や経営指導などは、我々よりも地域に根ざしたVCさんの方が確実に色々な情報を収集できるのに加え、地域の大学との連携も強固という強みもあります。
一方、デューデリジェンスの過程では、大学の研究成果の分析・解釈する点においては我々の方が多少は経験を積んでいると思われます。おおよその役割分担を図っていければ、連携協定を結んだ実効性が顕在化するのではないかと考えています。オンライン会議が浸透した昨今においても、方針の擦り合わせなどは対面が有効なので、目的に応じて適切な形で連携を深めていく予定です。
垣端:地域のVCと連携していく中で、日本各地の起業エコシステムに触れられる機会もあるかとお見受けしますが、関西以外で起業支援が盛り上がっている地域はありますか。
楠美:私自身が関西にいるというのもあると思うのですが、関西ではKSAC、KSII(関西イノベーションイニシアティブ)などを筆頭に積極的に活動しているので、関西は今盛り上がっていると感じます。
関西以外の大学では、名古屋大学や北海道大学などもスタートアップに注目しています。東京大学も新入生に対する訓示において、ベンチャーに関する話をされていたというのもあるので、大学発ベンチャーに関して言えば全国で活発化していると言えると思います。
東大の訓示が典型例ですが、岸田政権下でベンチャー支援に力を入れて下さっていると聞いておりますので、それがきっかけに各省庁でも支援の枠組みを作って下さるのではないかと期待しています。一方で懸念点としては、ウクライナ情勢や、急激な円高による不況などが不安です。
垣端:ECC-iCAPなどの活動を通じて、既に京大発スタートアップの課題解決に至ったケースはあるのでしょうか。
楠美:ECC-ICAP出身者の約10名が京大発スタートアップの経営者に就任しています。最近で言うと、京都フュージョニアリングの長尾社長や、リージョナルフィッシュの経営者などもECC-ICAPの会員でした。対象のベンチャーが京都府外に広がっていけば、課題解決のペースもあがってくるのではないかと思っています。
垣端:大学発の研究ベンチャーでは経営者の確保が非常に困難であると頻繁に聞きます。既に解決事例があることは素晴らしいですね。御社の投資先スタートアップもEXITの兆しが見えてきましたか。
楠美:昨年6月に、ペルセウスプロテオミクスがIPOしました。IPO事例はまだその1社だけなのですが、IPO予備軍が1号ファンドでも散見されます。大阪大学ベンチャーキャピタルや東北大学ベンチャープラットフォームなどでもIPO企業が出てきています。京大やこれらの大学でIPO企業が輩出できていることから、大学発ベンチャーもしっかりサポートすればIPOできるということを証明していると思います。
神戸大学との関係も深まっていくと思っています。KSACでは神戸大学もコアな研究機関ですし、神戸大学もいずれファンドを作って投資する準備を始めているというのは耳にします。京都・大阪・兵庫などで全国区の大学が密集しているのは関西だけだと思います。
垣端:IPOには至ってないものの、御社が特に注目しているスタートアップはありますでしょうか。
楠美:大雑把にいうと、投資先に関しては全て注目しています。我々は大学の研究をビジネス化していて、単に事業性だけを求めて投資しているわけではありません。しっかりとした研究成果があることを前提としているため、事業として停滞しているものが一定数あるのは仕方がないと思っています。ただ、それらについても一番ベースになる研究に関してはどこに出しても恥ずかしくない研究です。
生態会 西山(以下、西山):関西で経営陣材が少ないと言う課題を頻繁に耳にしますが、だんだん解決しているのでしょうか。
楠美:徐々に解決していくと思います。私は2013年から京都大学で仕組みづくりをしてきたのですが、経営人材に関しての課題は一番最初から解決したいと強く感じていました。ECC-iCAPからECP-KANSAIに変わったのは大きな1歩だと思っています。
垣端:最後に、今後1年間の御社の展望を差し支えない範囲で教えていただけますでしょうか。
楠美:2号ファンドを設立して、約1年半経過したのですが、今後1年間としては3号ファンドの組成に重点を置こうと考えています。また、他の国立大学発ベンチャーにも投資ができる強みを生かして、他の国立大学発ベンチャーの発掘にも注力します。加えて、投資家にもアプローチしてECP-KANSAIの活動を知ってもらう機会を増やしていけたらと考えています。
垣端:本日はありがとうございました!
Comments