関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、度数調整機能を搭載した新型メガネの開発・製造をおこなう株式会社エルシオの代表取締役社長、李 蕣里(り じゅんり)さんにお話を伺いました。
取材・レポート:松井 知敬、垣端 たくみ
李 蕣里(り じゅんり)氏 略歴
1986年東京生まれ、大阪育ち。大阪大学理学部化学科 → 東京大学理学系研究科化学専攻(修士)→ 大阪大学理学研究科化学専攻(博士)と進学した後、エルシオを創業(当時、代表取締役副社長)。2021年に同社代表取締役社長に就任。韓国(浦項工科大学先端材料科学科)とアメリカ(UC San Diego)への留学経験がある。
■度数を変えられるメガネ「エルシオグラス」の開発・製造
生態会 松井(以下 松井):本日は、どうぞよろしくお願いします。まず、プロダクトについて教えてください。
エルシオ 李氏(以下 李):弊社は、度数を変えられるメガネ「エルシオグラス」の開発・製造をおこなっています。独自開発したフレネル液晶レンズは、電圧をかけることで液晶分子の配向が変わり、レンズの厚さそのままで焦点距離を操作できます。この製品で、小児弱視や老眼など、視力に課題を抱える人々の生活をサポートしたいと思っています。
松井:創業までの経緯をお聞かせいただけますでしょうか。
李:2014年、共同創業者となる澁谷がTDKを早期退職し、研究員として阪大の工学研究科に移って来ました。そこで、液晶レンズの研究を始めます。当時、私は阪大の理学研究科に在籍していまして、澁谷とは、大阪大学共創機構が提供しているリーンローンチパッドというプログラムで知り合いました。そのとき、大阪大学医学部付属病院に協力してもらって、老眼の方をはじめ、小児弱視のお子さん、眼内レンズを入れておられる方など、目の課題を抱えている方々にインタビューさせてもらい、「この液晶レンズをメガネにしよう」と二人で決めました。
松井:そこがスタートということですね。
李:はい、そうです。インタビューさせてもらった方の中に、「ぜひそのプロダクトをつくってほしい」と涙ながらに言ってくれる方がいました。その方のお子さんは小児弱視なんですけど、知的障がいも持っていたんですね。ちゃんと見えているかどうかを自分で言えないので、母親としてすごく心配されていて。「プロトタイプできたらぜひ連絡してください」と言われました。
松井:なるほど、その体験も開発を後押ししていると。
李:はい、力になりますね。その後、2017年に私は大学院を卒業し、澁谷と同じ工学研究科の研究室に入りました。そして、一緒に開発をおこない、2019年にエルシオを創業しました。創業後も、2021年9月までは大学に在籍し、開発を進めていました。
■世界トップレベルのプロダクトをつくる技術
松井:御社の強みはどこにありますか。
李:液晶レンズの大口径化が達成されないと眼鏡には入れられないのですが、大きなレンズで可変域を広くするのって、どの技術を用いても、結構、難しいことなんですよね。弊社の技術であれば、世界トップレベルのプロダクトをつくれます。液晶レンズのメガネへの応用に関して、アメリカと日本で特許を取得しています。
松井:開発状況はいかがですか。
李:レンズはプロトタイプをバージョンアップ中です。専用IC回路の開発にお金がかかるので、資金調達が必要で、そのために顧客開発を進めているところです。まあ、「老眼の方は、目の焦点が合わなくて困っていて、皆さんプロダクトを欲しがっているはず」なんて言っても、「その人たち、本当に買ってくれるの?」という話なので。「絶対これでいける」と納得させられるだけの深い消費者インサイトを集めています。
松井:研究畑にいらした李さんにとって、経営はまた違った方面になると思うのですが、その辺りどうですか。
李:そうですね。私は、有機化学や電子材料開発のような実験科学を専攻してきた人間です。ただ、そういった研究って「これ何年後に花開くんだ?」というところがありますし、「直接、人の役に立てられたらなー」という憧れも持っていたんですよ。ビジネスをしたいというのは、昔からありました。今は、研究開発を澁谷に任せ、私は経営に専念しています。
■このプロダクトで「人生が変わる体験」をお届けしたい
松井:これまでの過程で、大変だったことは何ですか。
李:やっぱり、ビジネスをする上でモノが出来ていないというのはすごく大変で、資金調達が難しいんですよ。「出来ていないけどお金を出してほしい」ということになりますから。そういう意味でも、顧客開発は重要です。今はもう、見せられるものが出来ているので、勝負のタイミングだなと思っています。
松井:李さんの中で「エルシオグラス」はどんなプロダクトですか。
李:視力に課題を抱えている方が、このプロダクトを使い始めることで快適で健康な生活を手に入れる、そんな「人生が変わる体験」をお届けしたいと思っています。
松井:確かに、視力が変われば、生き方や人生が変わるかもしれないですよね。
李:目からの情報は大きい、とよく言われますからね。きちんと世界を捉えることで、たとえば認知症の発症も遅らせられるんじゃないかと思っています。たくさんの人が目から健康になってくれたら、嬉しいです。
松井:これからの展望を教えてください。
李:現在、ビジネスパートナーを探しています。たとえば眼鏡店のように、我々のつくったプロダクトを売ってくださる小売業者さんとの繋がりも欲しいですし、レンズ、メガネ、IC回路などの製造パートナーさんとの繋がりも欲しいです。エルシオと一緒に、老眼、小児弱視、近視などの課題を解決していってくれる熱い想いを持った企業さんと組みたいなーと思っています。今、眼鏡店めぐりをしながら、眼鏡企業の経営者さんとお話しできないか画策しています(笑)。
松井:生態会も全力でバックアップさせていただきますね。本日は、ありがとうございました。
取材を終えて
研究者から経営者となり、数々の課題に直面しながらも、ひとつひとつ着実にクリアし、夢に向かって突き進む李さん。柔軟でありながらも力強い、そんな印象を受けました。そんな李さんが、プロダクトを通じて、どれだけ多くの人たちに「人生が変わる体験」を届けていくのか、今から楽しみでなりません。これから先も、いろんな課題が立ちはだかるとは思いますが、李さんなら乗り越えていってくれるのではないかと思います。(ライター 松井)
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