関西スタートアップレポートで紹介している、注目の起業家たち。今回は、AIを活用したアート作品の証明書発行サービスを展開する株式会社clarusの代表取締役 東原 達矢氏にお話を伺いました。
取材・レポート:大洞 静枝(生態会事務局)
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代表取締役 東原 達矢氏 略歴:1988年生まれ、福岡県出身。京都大学経済学部卒業。デロイトトーマツコンサルティング合同会社と3Mジャパン株式会社でのマネージャー職を経て、 AIベンチャーの株式会社エクサウィザーズで創業期から上場後にかけて、部門長として新規事業部立ち上げをリード。2022年にclarus創業。
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AIが本物か偽物かを判定
生態会事務局 大洞静枝(以下、大洞):本日はどうぞよろしくお願いいたします。早速ですが、clarusの事業内容について教えていただけますか?
代表取締役 東原 達矢氏(以下、東原氏): アート作品が本物か偽物かを見分けるためのデジタル証明書サービスを提供しています。手持ちのスマホでガイドに沿って、複数の角度から4~5枚撮影して、作品を登録すると、AIが作品の特徴を抽出してパターンを学習します。AIが作品情報と登録画像を証明書と紐付けることで、デジタル証明書「clarus ID」(特許取得済)が発行される仕組みです。
大洞:作品の登録は、スマホで撮影するだけなのですね。思ったよりシンプルで驚きました。
東原氏:仕組みは、スマートフォンの顔認証システムと同じです。顔認証は、自分の顔をいろいろな角度から撮影して登録すると、写真からその人の顔の特徴をAIが抽出してパターンを学習し、以降は撮影時のパターンを照合するという仕組みです。私たちのサービスも同様で、AIが撮影した画像から、材質や質感、絵の具の隆起や署名などをパターン学習します。学習後は、元のパターンを基にAIが本物か偽物かを見分けるので、作品のすり替わりを防止できます。
大洞:デジタル証明書ということですが、ユーザーは証明書をどのように利用するのでしょうか?
東原氏:「clarus platform」というアプリで情報を管理することができ、利用者間での共有や引き継ぎも可能です。また、証明情報は、ブロックチェーンに記録され、永続的な証明となります。
大洞: 証明書が永続的に使えて、書き換えができないのは安心できますね。AIが本物か偽物かを判断するということですが、酷似した偽アートでも正確に判断してくれるのでしょうか?
東原氏:はい。近づいて撮影するカットも必ず含まれるため、スマホでの撮影画像でも高い精度で識別が可能です。1点もののアート作品はもちろん、版画など見た目が酷似しやすい対象でも、刷りムラや紙質の違いなどを捉えて区別できることを確認しています。また、一般的なAIによる画像判定では、対象が一致しているか否か、あるいは新作か既存作かといったゼロイチの判定と、AIがその判定にどれほどの自信を持っているかの数値が提示されることが多いのですが、その情報だけでは実現場では使いづらいケースもあります。例えば、AIが「95%の確率で本物」と判定した場合は信頼できますが、「55%の確率で本物」と判定された場合、ユーザーはその情報だけで判断をするのは難しくなります。こうしたケースでは、単にAIの信頼性を疑うか、もしくは結論を保留するしか選択肢がなくなってしまいます。
そこで当社では、判定結果を単に数値で示すのではなく、どの部分が一致し、どの部分が一致していないかを可視化し、その判断理由を具体的に説明する形式でレポートを出力しています。例えば、スマートフォンでの撮影環境による影響や、対象物の経年変化などにより、撮影画像に微妙なズレが生じることがあります。こうしたズレがあるからといって「偽物」と判断するのではなく、「ここは一致していないが、こちらは一致しているため、総合的に本物だと判断した」というように、より信頼性の高い情報を提供し、ユーザーが納得できる形でレポートを提供しています。判定プロセスについては特許を取得済で、レポート作成方法については特許を出願中です。
大洞:ただ単に一致、不一致という判断ではなく、根拠を示してくれるのは、わかりやすくて、よりユーザーの信頼性が高まりますね。アートのデジタル証明書というのは珍しいサービスですが、どのような経緯でclarusを設立されたのでしょうか?
東原氏: clarusの創業以前は、AIベンチャーの株式会社エクサウィザーズで部門長として新規事業部立ち上げをリードし、IPOまでの経験を積みました。起業を考えた際、AIをどのようにして他の分野に応用できるかを模索していたところ、アート業界が抱える真贋判定の課題を知り、アートのデジタル証明サービスを始めることにしました。
取引の成否を左右するアートの真贋
大洞:アート業界が抱える真贋判定の課題を、具体的に教えてください。
東原氏:アート作品は、偽造品の存在が市場に与える影響は甚大ですが、現状のアートの証明書管理はあまりにもアナログです。作家が自ら台帳を作成し管理するケースや、ギャラリーが作家の署名を添えて紙の証明書を発行することもあります。証明書は、主に紙で作成された上でラミネート加工が施され、破れやすさや紛失を防ぐ程度の工夫がなされているに過ぎません。
工芸品に関しては、例えば茶碗の場合、その茶碗に合わせた共箱と呼ばれる木箱が作られ、その共箱に作家のサインや落款が刻印されることがあります。しかし、共箱自体は本物であっても、中に収められた茶碗がすり替えられてしまい、本物だと誤認されて流通してしまうケースがあるのです。
このような背景から、AI技術を活用し、デジタル証明書を発行することで、より確実で透明性のある真贋判定を実現できるのではないかと考えたのが、 clarus設立のきっかけです。
大洞:デジタル証明書を利用することで、作家や購入者にどのようなメリットがありますか?
東原氏:clarusの証明書は、ブロックチェーン上に記録されるため、誰がいつどのように証明書を発行したのか、そしてその証明がどのように行われたのかがすべて明確になります。これにより、購入者は作品の信頼性を確認した上で安心して取引を行うことができます。所有者にとっても、作品の価値を高める手段として活用できる点が大きなメリットです。
大洞:clarusのサービスは、すでに多くの場所で導入されているとのことですが、具体的な導入事例を教えてください。
東原氏:彫刻家の樂雅臣氏が開催した個展や、京都の蔦屋書店で実施された鏡アーティストである井村一登氏の個展などでデジタル証明書が活用されています。また、大手百貨店でもclarusのサービスが利用されています。
デジタル証明書のプラットフォーマーを狙う
大洞:競合他社はありますか?また、他社と比べてclarusの証明書の優位性があれば教えてください。
東原氏: NFTを活用したデジタル証明書を発行しているA社では、チップ入りのシールを作品に貼付するアプローチを採用しています。この方法では、シールを貼れない作品があることや、シールが剥がされた場合に紐付けが失われるというリスクがあります。clarusの証明方法は、立体作品や平面作品を問わず、全てのタイプの作品に対応できるという点で優位性があります。
また、A社では作品の証明情報だけでなく、所有者情報も全てブロックチェーンに記録していますが、記録するたびに手数料が発生することと、ユーザー側がウォレットを作成して情報を管理する必要があるため、導入のハードルが高くなります。さらに、誰がどの作品を所有しているのかといった、センシティブな情報が公開されるリスクも存在します。
当社は、証明に関連する情報をブロックチェーンに保存して、登録された証明情報や画像が改ざんされないように保護し、それ以外の情報はクラウドで管理しています。管理も簡単で、情報の公開範囲をコントロールできます。
大洞:なるほど。ユーザーが利用しやすいように緻密に設計されたサービスなのですね。デジタル証明書という珍しいサービスのマーケットの状況を教えてください。
東原氏:現在、体系的なプラットフォーマーは存在していません。作家から顧客に作品が販売されるプライマリ取引を拡大するにあたっては、供給元である作家と販売業者の両方を抑えることが重要と考えています。例えば、日本全国の工芸作家が約2000名加盟している日本工芸会など、大きな会員基盤を持つ団体と提携して当社の証明システムが採用されれば、サービスは広がっていくと考えます。
販売業者に関しては、日本国内に約200店舗存在する百貨店が大きなプレーヤーです。1店舗で年間7,000〜8,000点のアート作品を販売する百貨店もあります。また、特に地方では、アートギャラリーが少ないため、百貨店がアート作品の主要な販売拠点となるケースが多くあります。百貨店との協力関係を構築することで、広く市場をカバーできると考えています。
購入顧客の手元にあった作品を二次販売するセカンダリ市場に関しては、鑑定士が出した鑑定結果を保証する仕組みとして、当社のデジタル証明書を活用してもらえるのではと考えています。今後は、鑑定機関との提携も視野に入れています。
ニューヨークとロンドンの2大マーケットを視野に
大洞:料金はどれくらいかかるのでしょうか?
東原氏:目安としては数千円程度です。今後、仕組みが定着していくと、本来的には作品の価値を守るという保険に近いような設計になるので、作品の販売価格の何%というように、資産価値に連動した金額設計が望ましいと思っています。
大洞:この証明書は、アート以外にも利用できるのでしょうか?
東原氏:同様の仕組みが、高級ブランドのバッグやジュエリーなどを扱う高級品市場でも活用できると考えています。二次流通の頻度や取引額においては、マーケットサイズは今後20倍になると見込まれます。まずはアート市場を優先して展開することを考えていましたが、予想以上に高級品市場からの引き合いがあり、現在、同時進行で動いています。
大洞:今後の展望について教えてください。
東原氏:日本国内のアートの市場規模は約3,000億円とされていますが、海外では約9兆円規模で、マーケットサイズが大きく異なるため、海外での展開を前提にしています。海外の市場に参入するにはリードタイムがかかるので、国内での展開を進めながら、並行して海外市場の調査も進めています。
海外展開については、主に二つのアプローチを考えています。一つ目は、日本を拠点にしながらも、インバウンド需要をターゲットにするケースで、海外からの観光客が日本でアート作品を購入し、母国に持ち帰るというパターンです。既にインバウンドツアーを企画・提供している企業との連携が決定しており、今年中に具体的な取り組みを開始する予定です。
二つ目は、完全に海外市場をターゲットにした展開です。ニューヨークとロンドンの2大マーケットを視野に入れており、現在はロンドンでマーケット調査とパートナーの開拓を進めています。こちらは未知の要素が多く、現地のプレイヤーの反応を見極める必要があると考えています。
大洞:海外で同様のサービスは存在するのでしょうか?
東原氏:まだ存在しないため、チャンスだと考えています。一方で、サービスが存在しないのは、ないなりの理由もあると思うので、現在その点を確認しています。
大洞:もしニーズがあり、市場を開拓できれば、大きなアドバンテージを得られる状況になるのですね。
東原氏:そうですね。他社が同じようなアプローチを試みる場合、我々の特許を回避する必要があります。当社の特許は、画像や動画を使用した本物の作品との紐付けを行う技術に関するものですが、自然光に加え、赤外線やX線といった他の光線の活用も含みます。このようなアプローチで本体と紐付けを行うには、当社の特許を避けることが難しいです。ですので、私たちが市場を作れるかどうかが勝負になると考えています。
大洞: なるほど、判定プロセスについての特許を取得済みというのが大きな財産で、唯一無二のサービスとなる道を作っているのですね。「アート×IT」で世界的なプラットフォーマーになる日を楽しみにしています!貴重なお話をどうもありがとうございました!
取材を終えて:アート業界での課題と、AIベンチャーで創業メンバーとして携わった経験が、 “アート×AI・ブロックチェーン”という未開拓の分野へ切り込む要素となっているのだと感じました。アドバイザーが美術館名誉館長やデータサイエンティストなどの専門家という、そうそうたる布陣にも注目のスタートアップです。日本にも海外にもまだ市場がないというアートのデジタル証明。今後、国内と海外でサービスが普及していくのが楽しみです。(事務局 大洞)
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