関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は”虫秘茶”という虫と植物がつくり出した、未だ見ぬ茶の秘境。お茶の原料はなんと虫の糞!研究者ならではの好奇心から誕生したスタートアップが、世界的にも例を見ない虫の糞を嗜好品として確立し、その先に地方の新たな産業としての可能性も見据えて奮闘中!
2024年10月19日に虫秘茶のお酒(スピリッツ)LEPI TRAILをリリースされ、新たな展開に向けて羽ばたこうとされておられる、株式会社 虫秘茶のCEO/研究者 丸岡 毅(まるおか つよし)さんにお話を伺いました。
取材・レポート:垣端たくみ(生態会事務局)、近藤絵理香(ライター)
丸岡 毅 (まるおか つよし)氏 略歴
1996年生まれ。京都大学大学院農学研究科博士課程。専門は生き物同士の関係性を化学で解明する分野である化学生態学。
研究室の先輩に影響され、昆虫愛(主にガ類)に目覚める。ここ数年は毎昼・毎夜のように“ガ”を探す日々で、生活が虫一色に。ある日、ガの幼虫のフンが美味しいお茶となることを発見し、これまでに50種類以上の昆虫のフンを試飲。博士課程でガの幼虫のフンを研究し、フンのスペシャリストを目指す。
R6京都エコノミック・ガーデニング支援強化事業補助金に採択。毎日新聞、読売新聞、 朝日放送「探偵!ナイトスクープ」、MBS放送「せやねん」、 MBS放送「関西ジャニ博」、NHK「おはよう日本」などを始め、雑誌やウェブメディアなど多数掲載。
クラウドファンディングでは、目標額の300%を超える300万円の支援を獲得。
■好奇心から生まれた虫秘茶
生態会 垣端(以下 垣端):本日は、どうぞよろしくお願いします!まず最初に事業概要を教えてください。
丸岡 毅 氏(以下 丸岡):虫の糞、中でも葉っぱを食べた蛾(ガ)の幼虫が出した糞がめっちゃおいしいお茶になる、というところに着目した事業をしています。葉っぱと虫の種類の掛け合わせが無限にあり、それぞれの良い特徴が出てきます。
今は、それを飲食店やバーへ卸したり、イベント等で限定的に小売りをしています。また、お茶会などのイベントを陶芸家さんや焼き物の窯元さんとコラボレーションして開催することもあります。
垣端:数多いる虫の中でも、なぜガの幼虫に着目したのですか?
丸岡:丁度ここにもナナフシのお茶もあるのですが、本当は他の虫、蝶の幼虫の糞でも良いかもしれないと思っていて、なぜガかと聞かれるとまだ完全には答えられない気がしています。ガの種類が多様ということと、出発点がガであったところが大きいと思います。
垣端:出発点がガだったのですね。
その時のエピソードを聞かせてもらえますか?
丸岡:はい、専攻が化学生態学という生き物を扱う分野で、虫が好きな学生が多いのですが、その時お世話になっていた先輩も虫が好きで、特に蝶と蛾が好きな方でした。ある日、その先輩が「マイマイガがいっぱいいたよ!」と言って、お土産に50匹ぐらい持って帰ってきてくれたんです。
本当に要らないな・・・と思ったんですけど、しょうがないので大学の桜の木から葉をあげていました。次の日には葉っぱが無くなって糞だらけになっていたんですが、フルーティーな良い香りがして、水に滲むと赤茶っぽい色が出ていて、お茶みたいだなと思ったんです。試しにお湯を注いでみたら、まさかの本当に美味しくて。桜の葉でこの味が出るなら、リンゴやどんぐりの葉っぱなど、種類を変えたら味が変わるんかな、と試していきました。どれも美味しくて、そこからいろんな虫と葉の掛け合わせが始まりました。
■お茶としてお届けするまでの過程
垣端:マイマイガ自体はどこにでも生息しているものですか?
丸岡:そうですね、結構どこにでもいるような虫です。
大体6-7月に数年に発生していて、何年かに1回は大発生して、山の木を食い散らかして被害が出たとニュースになっています。
マイマイガの何が良かったかって言うと、なんでも食べる虫なんです。大抵の虫は何の葉っぱを食べるかが、結構明確に決まっているんですけど、マイマイガはかなり何でも食べる方なので、色々な葉っぱを試すことが出来ました。虫自体も珍しい種類じゃないので、と言っても一期一会ではありますが。
垣端:取りに行かれるのですか!
丸岡:はい、山まで取りに行っています。夜に山の中で明かりをたいて、そこに集まってくるのを待ちます。狙いの虫がすぐに来る時もあれば、5時間位ねばることを何度もやってます。そこで成虫を採って、卵を産ませて、幼虫を育てています。
垣端:私は一度、飲ませて頂いて、桜の風味で美味しかったのですが、飲んでない方にとってはどう美味しさを知ってもらえると思いますか?
丸岡:まず見てもらって、香りをかいでも
らう。昨年「いきもにあ」というイベントに出たことがあるんですが、色んな方々が参加されている中で、虫が好きではない方も沢山いらっしゃって、最初は「絶対飲まない」と仰った方でも、香りだけでもと言っているうちに、「意外といける」となって購入された方々も結構おられました。やっぱり糞と聞くと、臭いとか汚いってイメージを持つ方もいるのですが、香りを試してもらうと意外といけるぞ、というように考えが変わる瞬間が嬉しいです。
近藤:飲まないと言われていた方が購入までしてくださったのですね!
虫って言われない方が入りやすい気もしますが、そこはやっぱり押したい部分ですか?
丸岡:そうですね、確かに言わずに出したら絶対に気づかないとは思うんですけど、やっぱり嘘はついちゃいけないっていうのと、虫っていうのも大事にしたいと思っています。
■研究者ならではの視点
近藤:確かに先に飲んで、後から虫と知るインパクトの方が大きいです。最初に糞をお茶として飲んでみようとすると、ちょっと勇気がいるかなと思うんですが、どうでしたか?
丸岡:そうでもなかったです(笑) たまたまその当時、昆虫食にも興味があって色々と試していました。その延長線上で何でも食べてみるところに興味があったので、好奇心から試してみました。
近藤:私のイメージですと、蛾の毛虫は毒を持ったものもいて危ない?!と思ってしまいます。
丸岡:毒を持っている蛾はごく一部で、しかも毒を作るところと、お腹の中はまた別の器官なので、問題ありません。初めて飲んでみたときも多少お腹を壊したりするくらいなら、まぁ良いかなと思っていました。
近藤:なるほど、そういう知識があるからこそですよね。
丸岡:実はクラウドファンディングの一発目で出した虫秘茶は、イラガという刺されるとめちゃくちゃ痛い毒を持つ蛾の幼虫を使っていました。食べた葉が通るイラガの腸管内および糞からはヒスタミンは検出されず、毒成分の生合成は、イラガのもっと内部の器官で行われています。無いものを無いと証明するということは、難しい点でもあります。
垣端:普通のお茶と成分や効能で違う点はありますか?
丸岡:減っているものと増えているものがあります。減っているものはアミノ酸で、アミノ酸は虫にとって必要な栄養なので、葉っぱの1/10位しか出てきていませんが、だからと言って旨味が弱い訳ではないので、そこが不思議なところでもあります。ポリフェノール類は虫が必要としないことが多く、凝縮されて出てきています。
一番気になっているのは、葉っぱには無いが糞にあるもの。将来的にはそこを深めていきたいです。そこが解明されるまでは、世の中にまだない味、香りといった、嗜好品というところで好奇心をくすぐるものとして、楽しんでもらいたいと思っています。
垣端:好奇心がくすぐられますね。成分の分析などの研究も続けられていますか?
丸岡:学会でも発表しているのですが、島津製作所さんと分析機器と解析のソフトウェアを使って、普通に葉をお茶にするのと、虫の体内を通してお茶にするので、成分的に何が違うかを見ようとしています。一般的には葉を摘んで、機械や人の手で組織を破壊して温度管理をして発酵されると言われています。その過程で色んな成分が壊れたりくっついたりしながら、お茶としての風味が出ると言われています。虫の場合は、葉を咀嚼することで組織が壊れていって、虫の体内を通して腸内の環境や消化酵素によって、成分的に変わっていって、お茶っぽくなるのではないかと仮説を立てています。
丸岡:また虫の種類が違ったらフンの成分が変わるのかどうかも調べています。桜の葉は色々な虫が食べてくれるため虫同士の比較がしやすいので、サクラの葉をガの仲間7種類とナナフシの仲間2種類に食べさせて比べてみたりしています。
なぜかナナフシの糞はめっちゃ苦いんですよね。カテキンやエピカテキンの比率が全然違うなど特徴がみられています。それが本当に苦みに直結しているのかなど、今後も糞の成分分析と比較を続けていこうとしています。
近藤:そこから特殊な効能などが見つかる可能性がありそうですね。
丸岡:特効などが何か見つかれば嬉しいです!
あと何が凄いかっていうと、虫が葉を食べてから5-6時間位で糞を出すんですよね。それでここまでの味と香りが出るというのが、凄いと思っています。桜餅の葉っぱも数か月塩漬けをしてから香りが出るんですけど、それが短時間で虫は出来てしまうのです。
■一流の料理人からも評価される味と香り
垣端:それは凄いですね!凄いと言えば、ミシュラン三ツ星のシェフから良い評価を頂いたと伺いましたが、その辺りの実績についても教えていただけますか?
丸岡:はい、ミシュランガイド(Michelin Guide)で星を獲得されたレストランからもお声がけ頂き、虫秘茶購入いただいています。その他にも色んなバーやレストランなど、賞を取られているような方からも、購入希望を頂いているので、味と香りについては間違いないんだろうなとは思っています。
垣端:それらレストランはどのように虫秘茶を使われているのですか?
丸岡:お茶としてではなく、食材の1つとして、香りと風味を持った液体としてソースやドリンクの素材として、色々と試してくださっています。
垣端:お茶としてではなく、素材なのですね。虫秘茶は、どういったシーンでの使用を想定されていますか?
丸岡:そこがものすごく難しいんですよね。イベントとしてお茶会した時には、もちろん興味がある方々が参加されているので、質問が絶えなくて、会話が弾みました。歴史も伝統もないし、お作法もないので、いつどうやって飲むのが正しいかというのが無い状態です。
今回アルコールの製品も作ったのですが、使い方が難しいよね、と作った側としても言っています。ストレートやロックで飲んだら美味しくて、味も香りも良い。でもシーンが定まっていません。
近藤:アルコールはどのようなものですか?
丸岡:今回は蒸留酒です。虫秘茶をアルコールに漬け込んで蒸留しフンの良い香りを引き出しました。まずは素材の一つとして、虫秘茶がしっかり輝ける場所を探してあげたいなと思っています。
丸岡:こちらに茶葉と蒸留酒のサンプルがあるので、実際に香りや味を試してみられますか?
垣端:すごく香りが強いですね。桜餅の香りだ。悔しいけどお茶にしか見えないです(笑)
近藤:本当に良い香り!完全にお茶ですね。芳香剤にもなりそう。
蒸留酒もふわりと甘い桜の香りがして、最高です!これらが虫の糞から作られたとは、驚きです。
■虫秘茶の課題と今後の展開
垣端:この虫秘茶自体で"面白い美味しい"っていう新しい価値を作られてるって思うんですが、既存の世の中にあるような何か課題を一緒に解決しているみたいな観点はありますか?
丸岡:そこは今後繋げていきたいと思っている部分でして、虫秘茶の生産の形っていうのが「虫が葉っぱを食べて出す」というところなんで、僕ら人間がやることとしては「虫を育てて糞を回収する」っていうだけなので、これって重労働が発生しないんです。もちろん葉っぱを取ってきて運んでというところはありますが、基本的にはある程度のマメさがあれば誰でもできることなので、広い雇用に繋がると思っています。なので、一つは雇用の創出。
そして、地域の自然を活かした新しい魅力の発信というところと紐づけていきたいと考えています。地方が衰退していくと言われている中で、新しい産業になれば面白いなと思っています。僕らとしても安定した生産をしたいという想いがあるので、自然資源を活用した地方の課題解決へと繋げていきたいです。
垣端:既にご一緒されている自治体さんなどありますか?
丸岡:静岡県松崎町という伊豆半島南西部にある、桜餅の葉の栽培が盛んな場所でご一緒させてもらっています。桜の木はあまり切らないことが多いのですが、松崎町では収穫用として毎年桜の木を切ることを前提に栽培されています。それらの葉っぱが全て桜餅に使われるわけではないので、その資源を活用する形です。
垣端:具体的に動かれているのですね。
丸岡:ただ遠隔だとなかなか上手くいかないことも多いので、半年か1年か現地に住んでしまって一緒に立ち上げてみようかと考えているところです。まず一か所でしっかり形にしていきたい。農家さんにとってはサイドビジネスの一つになり得て、使わない区画や選定して不要な枝葉を利用出来ると考えています。ただ実際にビジネスとして立ち上がるか分からない状態では、設備投資が課題となっています。
垣端:なるほど、課題解決も含めて、まずは一か所で生産の形を作り上げていかれるのですね。様々な場所で魅力的な特産品としてお目にかかれるのが楽しみです!本日はありがとうございました。
取材を終えて
”虫の糞”と”お茶”、一見遠くかけ離れた存在ですが、研究者の丸岡さんだからこそ生み出すことができ、形にしていけるビジネスだと感じました。そして何よりも虫や自然に対して敬意を払い、真正面から向き合う姿勢が魅力的な方でした。自身の成功だけでなく、地方の課題解決も視野に入れた取り組みは、社会にとっても意義深いものだと思います。
ぜひ皆さんも魅惑の”茶の秘境”に足を踏み入れてみてください!(ライター近藤)
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