関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、簡単、低負荷、かつ定量的なアイトラッキング(視線追跡)式認知症検査サービスを提供している株式会社アイ・ブレインサイエンスの代表取締役、高村 健太郎(たかむら けんたろう)さんにお話を伺いました。
取材・レポート:西山裕子(生態会事務局長)/
近藤 協汰(ボランティアスタッフ)
代表取締役 高村 健太郎 氏 略歴
1955年青森県生まれ。1978年北里大学理学部卒業、1999年東京医科大学 医学博士(免疫学、眼科学)。1981年よりHOYA株式会社、株式会社ニデック等で医療材料、医療機器、医薬品等の開発・製造・マーケティング等に従事。1999年株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J -TEC)を設立し取締役、株式会社メディネット取締役COO(東証マザーズ上場)、株式会社スリー・ディー・マトリックス代表取締役社長(東証JASDAQ上場)を歴任。2019年11月より株式会社アイ・ブレインサイエンスの代表取締役。
■アイトラッキングにより、簡単、低負荷、かつ定量的な認知症検査を実現
生態会 西山(以下、西山):今日はよろしくお願いします!まず、事業内容について教えていただけますか。
株式会社アイ・ブレインサイエンス 高村健太郎(以下、高村):私たちは、簡単、低負荷、かつ定量的に認知機能が評価可能なアイトラッキング(視線追跡)式検査サービスを開発・提供しています。このサービスには、医療機関に利用していただく医療機器プログラムと、一般向けアプリ「MIRUDAKE」の2タイプが存在します。
認知症の評価には、通常、医師による20分程度の問診が必要です。しかし、アイ・ブレインサイエンスの技術では、iPadなどの画面に表示される指示に従い、目線を動かすだけで、認知機能の検査が可能です。また、回答中の反応の速さを評価しているため、この技術は従来方式より正確に認知機能を検査することができます。
現在は、日本初の医療機器プログラム(SaMD)としても臨床試験を終了し、厚労省へ製造販売承認申請を行っています。販売承認後は病院で使えるようになり、大塚製薬に全国の販売を担当していただく予定です。
西山:従来の方法では、どのような課題が存在したのでしょうか?
高村:認知症の早期発見が、大きな課題です。
現在、日本には500万人ほどの認知症患者がいまして、2050年には700万人にも到達すると予測されています。つまり、予備軍を含めると、65歳の五人に二人が認知症と認定されているということですね。
癌などと同様に、認知症は、早期に発見できる方が治療の開始が早まります。そのため、医療の進歩もあり、早期発見することが非常に重要です。しかし、これだけ患者がいるにも関わらず、早期発見につながる検査がうまくできない、そこがボトルネックになっています。
西山:問診検査の正確性が問題なのですか?
高村:それも一つの要因です。例えば、看護師でも検査ができるため、検査者ごとに検査結果が異なります。
二つ目の要因が、検査に必要な人的リソースです。
外来で一人の患者を診察するのは、10-15分が最大です。しかし、従来の検査には20分程度要します。そのため、本当は定期的に来院している患者全員に行いたくても、人的リソースが不足しているため、検査を行う時間が取れないのです。
来院の度に検査しなければ、患者の認知機能がどのように推移しているか不明であるため、薬の加減も把握できません。
最後の要因が、患者への負荷です。白衣を着た人に数十分も問診されることから、従来の検査では心的負荷が高く、患者が問診を嫌がるのです。例えば、「間違えたら嫌だ」とストレスを受ける患者もいれば、耐えられず泣き出す患者、「こんな簡単な問題で自分を馬鹿にしているのか」と怒り出す患者もいます。そういった問題を解決するのが、私たちのサービスです。
西山:社会へのインパクトが凄まじいですね!
高村:せっかくなので、弊社のサービスを体験してみましょうか。
西山:ありがとうございます!少し不安ですが(笑)
高村:総合点が80点、記憶力が66点ですね。難易度はどうでしたか?基本的には簡単ですが、いくつか難しい問題もありましたよね。
西山:そうですね!この点数はどの程度の評価なのでしょうか?
高村:80点は、自慢しても良いくらい高い点数です。ほとんど最高点だと思います。
基本的に簡単な問題だとはいっても、認知機能が低下してくると、満足に答え難くなってきます。例えば、答えはわかっているのに言葉が出てこない、などですね。
■武田准教授の人柄と、プロダクトの価値が参画の決め手に
西山:創業の経緯は、どういうものだったのでしょうか?
高村:文科省の国立研究開発法人科学技術振興機構*に、大学発の産業を育成する、「大学発新産業創出プログラム*」というものがあります。このプログラムに、大阪大学の武田 朱公(たけだ しゅこう)准教授のプロジェクトが採択され、成果をもとに設立されました。
*国立研究開発法人科学技術振興機構:知の創出から研究成果の社会還元とその基盤整備を担う日本の中核機関。
*大学初新産業創出プログラム(START):大学の研究開発支援と民間人材による事業育成を一体的に実施し、大学発日本型ベンチャーイノベーションモデルの構築を目指す取り組み。
西山:高村さんは、どういうきっかけで御社に参画されたのでしょうか?
高村:技術の大元である阪大医学部の教室や、スタートアップ事業のプロモーターに長いご縁があったことが大きいですね。その当時は忙しくなかったので、大学とプロモーターの双方からアプローチをいただきました。
参画の理由の一つは、武田准教授の魅力です。彼に初めて会った時、すごく優秀で人柄やセンスも良く、気に入りました。
もう一つの理由が、プロダクトです。プロトタイプを見たときに、すぐに「このプロダクトは社会の役に立つ。医療機関で全国的に利用されるべきだ」と感じました。また、事業ドメインが私の得意分野である医療ベンチャーだったことも影響しています。
■豊富な経験で、盤石な事業・組織を構築
西山:高村さんは、参画以前に何をされていたのでしょうか?
高村:サラリーマン時代には、新規事業に携わっていました。例えば、株式会社ニデックではジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J -TEC)という社内ベンチャーを興しました。そのため、新しい製品の創造には経験があります。その後従事したのは、さまざまな企業の経営です。新規設立したベンチャーは2社とも上場に辿り着きました。
そういうわけで、実は資金調達などは、あまり苦労していません。若い経営者だと初めての経験で、大変だと思います。しかし、私はこれまでのキャリアで散々困難に直面してきたので、上手く事業を成長させることができています。そのため、スタートアップという風には構えていなく、単に「企業を創っている」という感覚で経営していますね。 西山:起業家というより、プロ経営者といった熟練度ですね!そうすると、組織づくりにも特段の苦労はされていないのでしょうか? 高村:一人ずつ丁寧に採用しているため大変ではありますが、専門性を重視していることもあり、強い組織が出来上がっています。例えば、阪大医学部の修士で実務に携わっている方もいますし、臨床検査技師、獣医師など、さまざまな専門性を持った方が集まっています。学位で計った場合は、修士が多いですが、博士も3,4名在籍しています。弊社のビジネスモデル上、工場などを保有する必要がないので、人にお金をかけています。 西山:なるほど、盤石な事業推進体制が窺えます。
■「言語に依存しない」性質を武器に、海外展開を推進
西山:今後の展望を、お聞きしてもよろしいでしょうか? 高村:一つは、海外展開です。アイトラッキング方式であり、説明文も簡単なものなので、このプロダクトは言語に依存しません。そのため、海外向けのサービス展開も容易なのです。実際、すでに13ヶ国語に対応していて、海外での展開も進めています。 その中でも注目しているのが東南アジアです。爆発的な人口増加と相まって、この地域では認知症の患者が増えてきています。しかし、医療資源が乏しいため、大規模なリソースを認知症に割くことができません。それにより、東南アジアでこのプロダクトが人気になっています。特別な機器を必要としないことも、海外展開に有利です。 次に、事業領域の拡大です。この技術は認知症だけでなく他の疾患にも応用可能です。そのため、鬱などの精神疾患に取り掛かり始めています。 最後に、現在はAI分野のチームと一緒になって、診断予測にも取り組んでいます。
西山:最後に、意気込みを伺ってもよろしいでしょうか。 高村:「新しい産業をつくる」というテーマのもと、再生医療や細胞医療、そして弊社のソフトウェアなど、私は新規事業に携わってきました。弊社については、自身の年齢もあり、認知症に一矢報いることができればという思いで経営しています。 プロ経営者と呼ぶにはいつまでも素人なのですが、培った経験値はあるため、新しい産業をテーマに今後も邁進していきます。
取材を終えて:
現在は、日本には認知症患者が500万人ほど存在し、2050年には700万人に到達するとのこと。日本の高齢者人口が増加し続ける中、認知症の予防は高齢者自身・社会にとって、有意義な事業であることは言うまでもありません。
資金調達や人材についても、これといった苦労はされていない様子。これは医療ベンチャーの経営経験が豊富な高村さんだからこそ実現できている事業展開であり、今後の着実な成長が期待されます。(スタッフ 近藤)
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