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執筆者の写真和田 翔

研究者の計測時間を9割削減。“教師データの提供なし”で安価にAI画像解析を提供:KNiT



関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。株式会社KNiT (ニット)で代表取締役を務める窪内将隆氏に話を伺いました。


同社は、AI画像解析のクラウドサービス「GeXeL(以下、ジクセル)」を、製造業の研究者向けに提供するスタートアップ。時間と労力を割かれる研究者のルーチンワークを自動化したり、熟練者の定性的な暗黙知を数値化したり、製造業の課題解決に貢献しています。市場には多数のAIサービスが乱立するなか、同社のサービスが持つ強みを伺いました。


記事の後半では、もともと研究者だった窪内氏が、なぜAIサービスの会社を立ち上げたのかなど、起業に関する思いも伺いました。

取材・レポート:西山裕子(生態会事務局長)

和田翔    (ライター)

 

窪内 将隆(くぼうち まさたか)氏 略歴

1988年生まれ。大阪府出身。東北大学工学研究科(応用物理専攻)で博士号取得後、産総研でポスドクとして熱電変換素子の研究に従事。その後、堺化学工業に勤め化学とAIの知識を身につける一方、研究や技術開発の現場では、 “手動で”粒子の数や大きさを測定している課題に気づく。同社を退職後、 2023年12月に元同僚の西本氏らと共にKNiTを創業。同月に大阪産業局が主催する大阪起業家グローイングアップ・第19回ビジネスプランコンテストにて優勝を果たす。

 

研究現場にはびこる“手動”のルーチンワークから解放


生態会事務局長 西山(以下、西山):本日はお時間をいただき、ありがとうございます。早速ですが、KNiTの事業について教えていただけますか?


窪内将隆氏(以下、窪内氏):私たちは、製造業の研究者向けにAIサービス「ジクセル」を展開しています。簡単に説明しますと、従来は手動で計測する必要があった粉体や触媒、パンの気泡、肌のキメなどの対象物を自動で計測できるサービスです。


KNiTが開発したジクセルについて熱心に説明する窪内氏
取り組みの内容を熱心に説明する窪内氏。明快かつ丁寧な説明に、終始うなずくばかりでした!

ライター 和田(以下、和田):挙げていただいた対象物は、顕微鏡を使って見る小さなサイズのものだと思います。通常はそんな細かい対象物であっても手動で計測するんですか?


窪内氏:はい、研究の現場では定規やソフトを使って一つ一つ測っています。「定規で測ると4センチだから、実寸は40マイクロミリメートル」みたいなイメージです。一枚の画像の中には無数の対象物があるわけですから、この作業だけで丸一日かかることもあります。私自身、10年以上にわたり研究者として活動してきた中で、多くの時間と労力を割いてきました。


この作業は化学や食品、ヘルスケアなど、製造業のさまざまな分野で当たり前に行われています。研究に従事する人たちは「創造的な仕事にもっと時間を割きたい」と考えているはずですが、ペインを伴うこの作業をやらざるを得ないのが現状なんです。


粉体や気泡の計測に関するイメージ画像
資料提供:KNiT

和田:その作業を、御社のAIサービスで自動化できるんですか?


窪内氏:はい、ジクセルを活用すれば自動化できます。ユーザーがアップロードした画像を、私たちがカスタマイズしたAIで解析して、解析結果をユーザーに返す、仕組み自体は非常にシンプルなサービスです。


手動の計測に比べて90%以上の時間を削減できるので、研究者をルーチンワークから解放し、製造業の効率化に貢献できるサービスだと言えます。


AI画像解析サービス「GeXeL」の概要
資料提供:KNiT

和田:そのほかのジクセルの特長を教えてください。


窪内氏:大きく分けて、3つの特長があります。1つ目は、利便性の高いサービスを簡単に利用できる点です。Web上に画像をアップロードして、数クリックするだけで画像の解析が自動で始まります。ユーザーにAIの知識がなくても簡単に利用できる点がポイントです。


2つ目は、教師データなしでも高精度の解析ができる点です。すでに世の中にはAIによる画像解析ソフトは存在しますが、既存のソフトを使っても、先ほど挙げたような対象物を計測する際には誤認識がどうしても起こってしまいます。一方ジクセルは、これまでにない圧倒的な精度で解析が可能です。


そして3つ目は、先ほど述べた数値化にも関係していて、画像の中に存在する対象物の数を数えるだけでなく、大きさ、形、色といった多彩なパラメータを出力できる点です。さらに、熟練者が行うような分類もできます。従来のAIソフトでは解析できなかった、画像を数値化できる点は、ジクセルの大きな強みです。


出力の例:凝集しているか否かの分類
(資料提供:KNiT)

独自技術を生かしたサービスでシェア確保へ


和田:例えば、どんな場面で活用できるのでしょうか?


窪内氏:一つの活用方法として、例えば「ふっくらしたパン」を開発している食品メーカーがあるとします。「ふっくら感」を生み出すには、パンの内部にある細かな気泡が大きく影響していて、気泡の状態を数値化できると商品開発に役立ちます。


従来、これらの数値は熟練者のノウハウとなっていることも多いため、暗黙知を客観的なデータで示せる点は非常に有用です。人手不足や熟練者の高齢化などが原因で技術継承が難しくなる中で、解析データを数値に落とし込むサービスは、今後ますますニーズが高まると考えています。


和田:市場には、AIによる画像認識を用いたサービスが数多く存在しています。それらと比べて高精度な解析を実現できるのはなぜでしょうか?


窪内氏:こちらのポジショニングマップ(下図)をご覧ください。横軸はAIの作成の難しさ、縦軸は解析にかかる時間を表しています。私たちのAIサービスに用いている技術は、「セグメンテーション」と呼ばれる領域に該当します。


AI技術ポジショニングマップ
資料提供:KNiT

例えば、昨今よく目にするチャットボットや文字認識に用いるAIは、多数の教師データが公開されているので、比較的容易かつ短時間で開発できます。だからこそ参入障壁が低く、レッドオーシャンになっているのが現状です。


一方、セグメンテーションの領域は開発が困難で時間もかかります。なぜそんなに難しいのかというと、教師データが手に入らず、作らねばならないことが主な要因です。


教師データの作り方の一例を、画像(下図)で説明します。例えば、パンの気泡を解析するAIのために教師データを作る場合、右の画像のようにパンの気泡を白く塗り潰す必要があり、通常はタッチペンなどで一つずつ塗り潰していきます。そして類似の画像を何百、何千枚と作ったのち、ようやく気泡が解析できるAIを開発できます。


パンの気泡の教師データ化について
資料提供:KNiT

また、気泡ではなく粒子や細胞を解析しようとすると、その都度教師データを手動で大量に作成する膨大なリソースが必要です。しかし、私たちはこれらの教師データを半自動で作成できる独自のプログラムを持っていて、その点が大きな優位性となっています。


和田:すでにサービスをローンチ済みと伺いました。現状と今後について教えてください。


窪内氏:今年4月にジクセルのβ版をローンチしました。これまで行った無料トライアルでは、製造業の研究開発部門を中心に約40のユーザーを獲得しており、6月から開始した有償化で今後の収益確保を目指しています。


さらに来年度には、熟練者の技術を数値化して製造プロセスの効率化や品質向上に活用できる機械学習サービス(プロセスインフォマティクス)もローンチする予定です。


和田: Webサイトを拝見すると、利用料について「解析枚数に応じて月5~20万円」との記載がありました。法人向けのサービスとしては非常に安価に設定されていると感じましたが、どんな戦略があるのでしょうか?


窪内氏:確かに「安すぎるのでは?」とのご意見をよくいただきます。しかし製造業の構造を鑑みれば、よりよいサービスをなるべく安価に設定することは戦略的に重要です。というのも、製造業には品質管理に欠かせない「4M」と呼ばれる要素があり、人(Man)、機械(Machine)、原料(Material)、そしてメソッド(Method)、これら4つのどれか一つでも変わると、製品の品質に重大な影響を及ぼすと言われています。


例えば「製造設備の老朽化で新しい設備に入れ替える」となると、設備の変更を行っても品質に影響がないか、あるいは変わるとしたらどんな点が変わるのか、全ての客先やステークホルダーに説明をしなければなりません。非常に多大な労力が発生しますから、製造業の現場では「必要以上に4M変更はやりたくない」と考えるのが一般的です。


私たちのサービスは4Mのメソッドに該当します。ただ、お客様にとって人件費の圧縮や製造プロセスの効率化は大きなメリットになりますから、4M変更のハードルを乗り越えられると思っています。また、一度シェアを確保できれば競合のサービスに置き換えられる可能性も低いため、稟議が不要なレベルの価格設定に抑え、他社に先駆けて導入してもらうことが大切なんです。

インタビュー中の様子
今後の戦略について語る窪内氏(写真右)。随所にものづくりへの思い入れを感じました。

人々に愛されるものづくりを陰から支える


西山:起業の経緯についても教えてください。窪内さんは東北大学の出身と伺いました。当時からAIの研究をしていたんですか?


窪内氏:いえ、実はAIに取り組んでいる期間はここ3~4年ほどです。もともと大学では、ものづくりの分野、特に応用物理の研究をしていました。


西山:その後、産業技術総合研究所(産総研)にも所属していたそうですが、そちらではどんな研究を?


窪内氏:産総研に在籍していたころは、熱から電気を作る熱電変換の研究をしていて、そのためのモジュールを作る研究をしていました。例えば、自動車のマフラーの熱を電気に変換してハイブリッド車に活用する、といった研究ですね。


和田:その後、化学メーカーで勤務されていたそうですが、研究内容をお聞きすると、AIの領域へ進んだのは意外ですね。


窪内氏:産総研にいたころ、当時の上司から「1つの分野だけ取り組んでも研究者として大成できない。3つの分野で100人に1人の存在になりなさい」と言われたんですよ。つまり、物理で100人に1人を目指すだけでなく、化学で100人に1人、さらにAIでも100人に1人になれれば、それら全てができる人間は100万人に1人の人材になれる、という考え方です。


その話に影響を受け、大阪の化学メーカーで研究することに決めました。そして、その会社でAIを活用するプロジェクトに参加する機会があり、今の事業へとつながっていきます。


西山:とはいえ実際に会社を立ち上げるとなると、高いハードルがあると思うのですが、どんな考えがあって起業したんですか?


窪内氏:実は、人々から長く愛されるものを生み出すことに、強いあこがれがあるんです。ただ私は、「死ぬまでに、新しいものを作り、世に届けたい」と長年研究に打ち込んでも、現実には何一つ作れませんでした。


しかし、自分たちが開発したサービスを通じて研究者をサポートすることで、新しいものを生み出すことに貢献できると気付いたんです。


和田:その考えが、KNiTのビジョンにもつながっているんですね。


窪内氏:そうですね。私たちが掲げるビジョンは「画像1枚から世界を創り変える」ことです。特に画像の数値化や熟練者のノウハウのデータ化を通じて、お客様のものづくりをサポートしていきたいと考えています。


もっと先の話ですが、陰から貢献した素晴らしい製品の数々が世の中に享受されている姿を、お酒を飲みながら眺め、そのまま息を引き取る。冗談ではなく、そんな一生を過ごすのが私の夢なんです。KNiTで取り組んでいる事業は、その夢を叶える一つの手段だと考えています。


西山:根っからの“ものづくり好き”であることが伝わってくる夢ですね。御社の事業拡大が、製造業のイノベーションにつながることを願っています。本日はありがとうございました!



 

取材を終えて

気泡や粉体などを手動で測る時間と労力は、研究分野に従事していないと気づきにくい課題かもしれません。そこに着目できたのは、これまで研究者としてのキャリアを歩んできた窪内さんだからこそだと感じました。KNiTのサービスで研究者や技術者の生産性を高めることは、イノベーションの創出に欠かせない要素だと言えるでしょう。「画像1枚から世界を創り変える」と掲げる同社の取り組みが、今後どう広まっていくのか要注目です。

(ライター 和田翔 )





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