関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家。今回は、レーザー式の血糖値センサーを開発するライトタッチテクノロジー株式会社 代表取締役社長の山川 考一氏にお話を伺いました。針による採血が血糖値測定のスタンダードな現在、抱える課題を解消できる商品を開発中の同社。解決にとどまらず、あらゆる層の健康管理に寄与するテクノロジーです。
取材:西山 裕子(生態会事務局)
レポート:橋尾 日登美(生態会ライター)
代表取締役 山川 考一(やまかわ こういち)略歴
1964年8月生まれ。1992年大阪大学院博士課程修了後、2年間ポスドクを経験。その後日本原子力研究所(現:国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構)に入所しレーザーの研究に携わる。2度の渡米やダイナミックな研究に長期的に携わるなど経験を積み、2017年に起業。研究の成果を実生活に直結した商品として流通させる挑戦に乗り出す。同組織に研究員としての所属は続け、これまでの知財を活かしながら二足の草鞋を履いている。
■レーザー研究が血糖値測定の常識を覆す
生態会 西山(以下、西山):本日はお時間いただきありがとうございます。まずは事業概要をお話しいただけますか。
ライトタッチテクノロジー株式会社 山川 考一(以下、山川):
採血の要らない血糖値センサーの開発とその事業化をしています。
通常の血糖値測定は身体に針を刺し、採血をして血糖値をはかります。糖尿病患者の方は日常的、それも数時間おきに測定が必要なのでその度に、です。患者と周りの人の負担や、感染症のリスク…。課題が多くありました。研究を進める中で、レーザーを使って血糖値をはかることができることが分かりました。これを製品化し、日常的に針を使わずに血糖値測定ができる社会を実現することを目指しています。
■糖尿病患者の日常的負担を少しでも助けたい
生態会ライター 橋尾(以下、橋尾):創業のきっかけを教えてください。
山川:
大学のドクターコースを出てポスドクをつとめてから、国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構というところに入り、長い間研究に取り組んでいました。そこでしていた研究は同じくレーザーだったのですが、かなり基礎的な研究で、定年までにゴールにたどり着くことはないようなダイナミックなテーマでした。その時自分は50代。遠い成果よりも今困っている人に役立てたいと感じたのがひとつです。
また、知り合いのお子様が1型糖尿病だということが分かりました。この病気は、自身の体内でインスリンを作り出すことができないので、インスリン注射による血糖値コントロールをしなくてはなりません。同時に、注射も効きすぎてしまうと血糖値が下がりすぎて気を失ったりととても怖い。血糖値管理のために、夜中でも寝ている子供をたたき起こして指に針を刺して血糖値を測定します。
橋尾:それは本当に大変ですし、可哀想ですね。
山川:
はい。しかも一生続きます。本人はもちろん、周りの方々も本当に大変です。少しでも楽にできないか、と考えました。
調べると、レーザーで血糖値をはかれるという論文を見つけて。ただ、このような研究だけだと社会での実用には程遠く…。これは会社を作って製品化し、社会実装しないとモノにならないと想い、起業しました。
■光が教えてくれる血液成分、ぐっと手軽に
西山:どのような仕組みなんですか?
山川:
レーザーが皮膚を通して侵入し、毛細血管に届きます。血管内の糖に光があたると吸収されるため、反応する分量で糖の量が分かります。血管の中に糖の量が多ければ、多く吸収される。その光の減り方で血糖値を評価する。シンプルな仕組みです。
橋尾:正確性はどの程度あるものなのでしょうか?
山川:
国際標準化機構(ISO)が出している規格ゾーンに達する精度の測定ができており、医療機器として承認されるレベルです。市販されている自己血糖測定器採血キットと同程度の精度が確認できている状態ですね。
■研究から事業へ 資金調達がカギに
橋尾:これまで研究畑一本からの経営者への転向、どんな苦労がありましたか?
山川:
結構気軽に起業したんですよね。なので当時は資本政策についても知らないですし、教えてもらうこともできず…。下手な資金調達をしてしまって失敗する、という話も聞きますよね。幸いそういった事態は回避できたのですが、自己資金100万円からの、つながりもないスタートでした。
そこからNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の補助金を受け、創業4か月でシードラウンドでの資金調達を実施できました。そのあとは調整しながら…ですが、2年間ほどは補助金とコンテストの賞金でまかなっていました。100万円規模の賞金が出たコンテストもいくつかあります。※受賞歴
IT系のスタートアップなどとは違ってうちはものづくり自体にリスクがある業態です。できあがるまでに時間がかかりますし、医療機器は承認がおりるまでの工程も長い。
研究員時代に何度か渡米し、むこうのプロジェクトに携わっていたのですが、日本と米国ではベンチャーソサエティがちょっと違いますよね。リスクの取り方など、事業会社の考え方が違う。なので米国での経験を今に活かしている、ということではないのですが、当社はリスクを取っている思い切りのある事業です。ここを超えるため資金調達は大変ですが、重要でした。
■未踏の領域である独自光源の開発
橋尾:HPにも「世界初」とありますが、技術的な独自性について教えてください。
山川:
使っている光の波長というか、色が違います。
他は「近赤外線」(目には見えないが可視光に近い)というものを使っていることが多いのですが、我々は「中赤外線」を使っています。
「近」はたんぱくや脂質などの他の成分も光を吸収してしまうので、糖だけ見るということがしにくく、なかなかうまく行きません。そこを「中」にして波長を長くすると、物質によって吸収される光の色が変わます。糖だけキャッチすることが可能になり、精度が高くなるという仕組みです。
実はこれは未踏の領域と言われていました。今まで存在しなかったんですね。レーザーで初めて実現したのが我々です。この光源が技術開発のブレイクスルーにつながりました。2015年から開発をスタートして今まで、類似特許も出ていないことからも真似をするハードルは高いと言えます。
■多角展開であらゆる人の健康を実現
橋尾:一般市民にも利用しやすい価格帯での提供は可能なのでしょうか?
山川:
月々数千円で可能です。
既存の血糖測定器は針やチップなどの消耗品です。我々の製品は5~6年の継続利用が可能なので、月額割賦使用料のような形式で提供できます。健康保険の適用も可能になるように考えていますので、コストはできるだけおさえられるよう工夫します。
西山:製品化すると、業界に大きく影響が出そうですね。
山川:
まずは血糖測定シーンで患者のストレス軽減を第一に目指します。
同時に、診断されている糖尿病患者 国内1千万人以外、予備軍の1千万人の予防管理にも活かしたいと考えています。
一型を除いて糖尿病は生活習慣が原因になっていることが多い。便利さだけを提供しても習慣化や浸透を目指すのはなかなか難しいと想像できます。違う角度からのアプローチで市場拡大や健康促進をはかることも必要かなと。
例えば、企業に製品を導入し社員の健康管理に利用する、生命保険とパッケージで提供し、数値結果が健康的であれば保険料の値下げが利く…などです。
橋尾:早い社会実装が望まれますね。
この度、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の事業に採択されました。これから予算獲得や薬事承認の支援を受けられるので製品化が加速します。この後は臨床試験と厚生労働省の審査機関の承認取得。合わせるとあと2年ほどの道のりです。最短で2023年には実用化が見えています。
取材を終えて
競合はどんな企業になるのですか?との問いに「Appleです」と答えた山川氏。確かに、ウェアラブルデバイスで身体情報を取得するテクノロジーはとても身近になりました。AppleWatchも同様の機能の実装を目指し研究を続けているとのことですが、ライトタッチテクノロジーの技術の方が医療機器としての実用化の可能性が高いと山川氏は詳しく解説。先日も日経新聞でApple、サムスンと肩を並べて紹介された同社。この技術が商品化されると、計2千万人いると言われている糖尿病患者とその予備軍の健康と暮らしが明るくなることでしょう。コロナ禍により推進を余儀なくされている遠隔医療を推し進める力も持っています。(ライター 橋尾)
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